岩井の本棚 「マンガにでてくる食べ物」 第29回

巨魁・海原雄山


(図1)
アポなんぞ知るか


(図2)
無言なのにみな避ける


(図4)
やっぱり士郎、目を合わせない

前回は初期・山岡のケンカ巧者ぶりを紹介しました。
権威には突っかかる、思ったことをためらわず口にする、人の気持ちを考えない。 食いもんのことに触れるとすぐに爆発する、身近にいたらホント厄介な男、それが山岡。

ですが、初期山岡自身「俺はまだ雄山の手の平の中にいる・・・」と口にすることがあることからも分かるように、 山岡なんてしょせんチンピラ、雁屋先生の言葉を借りるならば愚連隊の手合いです。雄山にはかないっこありません。

山岡になくて雄山にあるもの・・・それはケタ違いの気性の激しさです。
まず軽くイヤミいってジャブかます山岡に対し、雄山はいきなりカカト落し、右ストレートをおかまいなしに打ってくる感じ。

われわれコシの引けた素人は、ケンカする時は、まず暴力の前にけん制しようと、口で決着つけようと虚勢張ったりしますが、雄山はそんなこともちろんしません。
ブラフなし。
フェイントなし。
常に直球、ど真ん中。思ったことをいきなり口にする。
皆さんも読んだことがあるはず、の、雄山初登場の1巻・第6話は超名編です。

まず雄山、山岡を探しに東西新聞社を訪れるシーン。
雄山は誰に会うときでも、事前にアポ取ったりするわけない。
いきなり受付で「大原さんはおいでか?」(図1)
受付嬢があわてようが何しようがズンズン前に進む雄山。ステッキ似あうなー。

たぶんこの人は総理大臣にあいたい時は首相官邸に直接出向くんじゃないかと思いますね。
しかし東西新聞社、セキュリティ甘いですね。
アポなしの人間をフツーに招き入れてる。
これが読売新聞社なら、とっくにナベツネさんは熱狂的巨人ファンに刺し殺されてますよ。

ズカズカ文化部に入っていく雄山。
この2コマ、ただ歩いているだけで思わず人がよけてしまう、でかすぎるオーラを表現しています(図2)。

犬だって、チワワやコーギーが散歩されてたって人はよけないですが、ドーベルマンとかセントバーナードが散歩されてたら、人のほうが避けるでしょ。
でもそれが土佐犬だったりしたら、避けるどころか逃げますね。雄山は土佐犬クラスです。


(図3)
勝てる気のしない恐さ


(図6)
ここまで言われても目を合わせない


(図7)
天プラ?


(図8)
楠田絵里子・関口宏クラスの仕切り巧者


(図12)
この善人ぷりじゃかないっこないですね


(図13)
ムオッ・・・使いたい擬音です


(図14)
これもけだし名言


(図16)
あーあ、畳汚れるよ


(図17)
口、大きいよね

そして!
ドォーン!!!

・・・という感じで登場、あまりの迫力に気圧されます。
屋内なのにいきなり頭上に暗雲が立ち込める(図3)。

そして説明的なセリフを吐き、士郎はグータラで無能、東西新聞社から追い出そうぜ、と法外な主張をし、当然のように上座に座る(図4)。
・・・っていうか、主賓が他にいようと、年長者がいようと、たぶん雄山はみんなに上座を譲られる気がする。
で、谷村部長が士郎はけっこう鋭敏な味覚持ってますよ、とかばおうとするや否や


(図5)
最高のゴキゲンぷり

「わあっはっはっはっは!!」
「これは大笑いだっ、東西新聞も大したことはないな、わっはっはっはっ!!」(図5)

ステキ! ステキ過ぎます!! ちっちゃな「つ」の使い方と集中線が抜群にいい!

・・・で、お願いなんですが、これ読んだ人、夜中かもしれません、ひとりかもしれませんが、 これ、テレビの音量で30くらいの大きな音で、口に出して読んで欲しいんです。
どんな鬱になっても、独りぼっちでも、このセリフを発声すれば気が晴れますよ。

もうここまで侮辱されても目一つあわせられない山岡のダメ加減が対照的(図6)。
そのあとの問答もトンチンカンで、

「山岡君は「究極のメニュー」作りを、やってのけられる男です」
「ふっふ・・・この男に物の味がわかるというのか・・・」
「士郎、お前に何がわかる?」
「あんたには何がわかるってんだ!」
「では、天プラの味がわかるか?」(図7)

エ? ここでいきなり、天プラ? アレ?今までけっこう緊迫感あるシーンだったのに、天プラ? そんな話、どっから出てきたの?


(図9)
予想屋か?もう味覚関係ないよ


(図10)
一流の職人なのに、この扱い


(図11)
余裕シャクシャク、カワイイ

その後も、腕のいい天プラ職人を東京中から集め、 しかも天プラ屋を借りきってくれたまえ、と、ズカズカ押しかけてきたまぬかれざる客の割には、ガンガン仕切って横柄な注文を出す雄山(図8)。
仕切りが抜群にいいですね。

しかも天プラを上げる前にどの職人が上手い天プラあげるか当てようぜ、などと、競馬の予想のようなことをしろという(図9)。
もう鋭敏な味覚うんぬんは全然関係ない気がするけどなあ。

よく考えてみりゃ、東京中の腕のいい天プラ職人を集め、しかもその店を借り切ったりしたら、どの店も営業できなくなるのは当然。
この日の東京都民はマズい天プラしか食えなかったことになります。

あと選ばれなかった職人達は、お役済みになるわけで「君たち天プラ揚げずに、もう帰っていいよ」といわれたに違いなく、 職人気質を逆なでにすること間違いナシ。

そんな何気に金かけたスケールデカい注文の割に、そいつらの吟味方法はこの程度(図10)。
そしてこのときの雄山の表情、最高にかわいいです(図11)。

もちろん勝負は雄山の圧勝。
山岡がグータラから、燃える男に変貌するための伏線上で有効な話ですけど、 読者としては「なんだかライオンみたいな怖い人出てきちゃったな、オイ」と雄山にシビレっぱなしです。

次話「ダシの秘密」も最高。
社主自ら、雄山を接待して、こんな空気の読めないことをヌケヌケと頼んでみるのに(図12)、 もう雄山は社主を「あんた」呼ばわり、タメ口以下。
オイオイ、いくらなんでも大原社主の方が年上だろ、などという常識なんか雄山には適用されないです。

このあとの暴れっぷりはすごいですからね。
まず吸い物を飲んで「ムオッ」そして「女将を呼べッ!!」(図13・14)
煮魚食って「ガッシャァ」「何だこの店は!!」(図15・16)

この、予兆や脈絡なんも無く、いきなり大激怒してくるあたりが、もう山岡とはそもそも違いますね。
吸い物だけで「ムオッ」って、この程度で怒ってたら、脳の血管がいかに太くとも足りないというものです。
ちょっと味が劣るだけで、もう大暴れ、机から投げ出された煮魚とか、当然仲居がかたづけたんだろうけど、こんな猛獣が隣にいたら恐かっただろうなあ。
赤阪の一流料亭だから器も高いだろうに、お構いナシナシ。

しかも怒ってもういらん、帰る!!って言ってくれたらそれはそれでいいのに、3回もつくりなおさせるサディストぶりに女将も涙ぐむ有様です。
で、その板場が大混乱している間に雄山何してるかっていうと、自分よりはるかに年上の人間を面罵(図17)。
そしてまた「わあっはっはっはっ!!」と超ごきげん。獰猛だ、獰猛すぎる!


(図18)
たぶん士郎が猿ですね

雄山の獰猛ぶりは次の話でも、山岡と同席するや否や、山岡や大原社主を味のわからんブタやサル、 と食ってかかり(図18)、こんとき秘書みたいな人が手で雄山とどめてます(図19)。
これ、たぶんとどめなかったら、物投げたりとか、手を出してたんですよ。

(図15)
手刀のキレ抜群


(図19)
秘書、ナイスセーブ


(図21)
問答無用です

とはいえ初期雄山の素晴らしさは4巻「板前の条件」に尽きると思います。
ここには雄山の完全形態がある。
このときの雄山だったら「バキ」の範馬勇次郎を口先で撃退できたと思うんですよ。
岡星の弟・良三が、雄山の美食倶楽部でヘマをやらかして追い出される所が物語りの発端ですが、あらいを食した雄山のこの怒り様!(図20)


(図20)
ああ、おれじゃなくてよかった


「このあらいをつくったのは誰だあっ!!」
カ・・・・カッコイイ!!!

で「きさまか!! きさまはクビだ、出て行けっ!!」(図21)

・・・ハー、権力を笠にきた憎たらしいセリフなのに、雄山に言われると反論しようという気も失せますね。グウの音も出ない。
良三が美食倶楽部に戻れるように、山岡が良三に料理を教え、案の定、その出来具合が気に入った雄山。

(図22)
よくても悪くてもまず怒鳴る

「これをつくったのは誰だっ!!」(図22)
(図20)とおなじじゃないか! と思わないで下さい! マズかったときも美味しかった時も、 まずどいつがつくったかを確認すること。(図22)の板前たちの顔を見て下さい。
なんか慣れっこぽいですよ。

しかし雄山の気性が爆発するのは、ここまで。
5巻でしゃぶしゃぶとスキヤキをあわせた、魯山人風・シャブスキーという、 なんだか名前がヒロポン系?な珍料理が登場する話を機に、雄山の気性は下がる一方になってしまうのです(図23)。
本当に残念です。

70巻以降はすっかり気性の激しさは影を潜め、せいぜい近所にいる頑固じいさん、くらいのあつかい。
こんな雄山、みたくない!!


(図23)
いやーダメでしょ

雄山がこんなに丸くなったのは明らかにゆう子のせいです。
孫を生んでからはその傾向が特に強い。ああ、年を取るっていやですね。
80を越えても血気盛んなブチキレっぷりで、孫の目の前で
「このメシを炊いたのはだれだあっ!!」
などと士郎を面罵する、凶悪な祖父ぷりを見せて欲しいのは僕だけでしょうか?

余談ですが、実写TV版美味しんぼでは、最初の雄山は原田芳雄が演じました。 が「雄山があんな下品なはずがあるか!」と投書が殺到し、次作からはソフトな江森徹になった、というまことしやかな噂があります。

下品、気性が激しいケンカ屋という点で、僕だったら同じ路線から選べ、 といわれたら中尾彬なんかいいと思うんだけど、どうでしょう? 下品すぎますか?

「美味しんぼ」はかように、一度読んだ人でも楽しめる名作です。
本店2にて取り扱いをしております。文庫版もオススメですよ。
次回は「1985年度版これが雄山だ大百科」(また雄山か!)をお送りします。

※この記事は2005年5月11日に掲載したものです。

(担当 岩井)

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