岩井の本棚 「マンガけもの道」 第29回 |
日本社×党に栄光あれ!!
図1
白泉社コミコミ連載
といわれても、おそらくこのコラムを読むような世代の方は、しっかりとした意見を出せないと思います。
お子様が生まれた? めでたいなあ。君が代? 別に反対はしないけど。
でも新年に皇居で行われる一般参賀にいったりはしない。それが一般人。
過剰な親愛も抱かないけれど、特別に避けたり嫌ったりもしていない。
ざっくりといえば、日の丸が掲揚されることには別に疑問はないけれど、
日の丸に礼をしてる人や、掲揚を頑なに拒否する人には「なんだかテンパッてるなあ」と感じてしまう。そんな教育をうけてきました。
この問題に関してはギアは常に1速で。トップギアにいれてもバックにいれてもダメ。
でも進んでないわけじゃないから実はニュートラルじゃない。そんな対処法を植え付けられて今日にいたります。
そのおかげなのか、評論家じゃない一般人に対し「あの人は右寄りだから」
「彼は左翼だから」などと、思想の云々を批評する機会はなくなった・・・はずです。
いや、今でも右翼も左翼もいるんですが、目に入るところにはいなくなった。
ネット上でしか、そういった人を見かけなくなった気がするのです。
図2
応援団ぽい雰囲気
図3
当時は裕仁天皇
図4
ただのリンチです
図5
定番、タマ握確認
図6
ふつう家に日本刀はない
それでいて明らかにそこで生活している匂いのない男性たちが出入りしているのをみかけましたが、 やがて親に「あそこは活動家のアジトがあるっていう噂だから行くんじゃないよ」と教えられました。
今から20年位前の話です。
そのころはまだいたんですね、生活圏に。
今回紹介するのは、そういった「旗幟鮮明な人たち」のマンガです。
といっても政治色が強いマンガじゃあありません。
右翼をパロディにしたマンガです。
え? 右翼をパロディ? そんなことできるの? ありえるの?
いや、あるんですこれが。
描くのは「翔んで埼玉」で埼玉侮蔑ギャグという恐ろしいジャンルの作品を残した魔夜峰央。
とりあえず僕はこのマンガを高校時代に読み「魔夜峰央には一生ついてかないとダメなんだろうなぁ」とあきらめのタメイキをついたのですが、 そう思わざるを得なくさせるマンガ。
それが「美少年的大狂言(チェリーボーイ・スクランブル)」(図1)です。
物語はというと、超の上に超がつくド硬派の青嵐高校に、歌舞伎の女形の家に生まれた女装の美少年・桜丸が転校してくる。
しかもバリバリの硬派の尊王派である生徒会長の寺限の家に居候するハメに。 不良にからまれているところをたすけられた桜丸は寺限に一目ぼれ、 そんなこんなで青嵐高校はいつもトラブルに巻き込まれる・・・というハナシです。
この設定、80年代に流行った少年サンデーのマンガの展開と似てます。
ただ、主人公がバリバリの右翼学生、という点を除いては。
どんだけバリバリのド硬派かというと、1ページ目からいきなり
「一つ!智は明らかにして分別するを徳とす!」
「一つ!仁は公正にして博愛するを徳とす!」(図2)
「ご真影に向かって最敬礼!」(図3)
ンだけ読み手は「ああ、こりゃかなわないな」という負け感アリアリです。
この生徒会がどれだけ硬派かというと、白じゃない靴下を履いてるとリンチにあうくらいです、精神注入棒で(図4)。
ちなみに「精神注入棒」とは旧日本軍、特に海軍で軍律違反のものに対して罰を与えるための棒で、 いわゆるケツバットみたいにして使うわけですが、海軍ではこれで罰を与える、与えられること自体に愛着を感じる兵隊が続出し、 その棒自体が憧れの対象となったりして、末期は「精神注入棒様が、罰を与えるといっている。
図7
胸に旭日旗
話を戻して、女形の美少年とはいっても、要するはオカマさん(図5)。
男子たるもの質実剛健、学生の本分は徳行を旨とし、遊興・文藝は軟弱の極みだと断ずる寺限にとってはオカマなど許しがたく、 一目見るなり日本刀を抜き「あんなものを生かしておいては大日本帝国の恥である!!」(図6)とブッタ斬ろうとする始末。
唯一頭の上がらない祖父の命令で桜丸が居候するハメになり、 桜丸がパンにコーヒーという朝食を作っても「日本人の朝メシといえば決まっている! 銀シャリにワカメのみそ汁焼き魚に納豆焼きノリ生卵!!」という徹底ぶり。
毛唐のメシなぞ食えるか、と一喝。
坊主頭に詰襟、足はゲタ、コートには旭日旗の紋章(図7)。
日本中捜したってもうこんなド硬派は生存してないと思う。アブなすぎです。
ドタバタしてるうちに、青嵐高校に左翼の大立者で、 社会主義運動の影のリーダーだった彼が一声かければ日本中の労組が決起するという大物・鬼瓦剛造が視察しにくることに。
図8
老けゴルゴ?
図9
顔の似っぷりが笑える
図12
雰囲気的には高倉健が社会党バンザイ吠えてるカンジ
図13
実在するからヤバいのかしら
図14
異様にはしゃいでる中川
どういうパロディなんでしょうか? 習性までソックリで、握手はしない。
しまいには「俺のうしろに立つなーっ!」といって人をブン殴る(図9)。鬼瓦氏は云う。
「今時こんな時代に逆行した学校はない 天皇の写真をかざり修身が正規の科目になっているような学校は存在そのものが不自然だ」
「修身のどこがいかんのです 親に孝 君に忠という教えのどこが」
当然意見は折り合わず、 学校を潰すように大臣に進言するといって立ち去ろうとする鬼瓦。 そうはさせじと、生徒会のメンバーが鬼瓦を襲う!
図10
お国のために特攻
「天皇陛下ばんざーい!!」(図10)
鬼瓦もモロ肌脱いで桜吹雪の刺青を見せつけ
図11
横尾忠則に着色してほしいサイケさ
「日本社会党に栄光あれ!!」(図11)
ゴルゴ似の社会主義者が、桜吹雪のモンモンいれて「日本社会党に栄光あれ!!」? すごいインパクトです。
こんなアシッドな絵面、忘れられるワケがない。
ポカーンとして周りで見ていた生徒たちも「保守と核心の戦いには見えないなどうみてもやくざの出入りだ」(図12)と圧倒される始末。
結局学生たちの力で鬼瓦を追い出すことに成功したんですけれど、気になるのはその名前。 鬼瓦剛造って、ビートたけしがよくコントで使ってた名前「鬼瓦権造」のモジりですよね。
ところがこの鬼瓦権造ってひとは、実在の人物らしいんです。
僕も新潟市生まれなんですが、中学のころ新潟市の電話帳にその名前で載ってましたから。 そして魔夜氏も新潟市出身。偶然とは思えません。
近所にでもこんな風貌の鬼瓦さんがいたんでしょうか?
あと2000年に発行された文庫版では、なぜか 「日本社×党に栄光あれ!!」(図13) と伏字になってる。 だけれど天皇バンザイ!はそのまま。
この危険マンガをフツーに復刻しておきながら社会党は伏字に・・・ってバランス感覚がわからんですね。
まあ余談なんですけど、こち亀の4巻の初版から数版は、
中川が「天皇陛下バンザーイ!!」(図14) と軍国主義を小バカにしつつ38歩兵銃を燃やすシーンがあります。
もはや国民的マンガと言われるこち亀。この話がアニメになってたら「天皇陛下バンザーイ!!」 とお茶の間に流れたのかと思うと沸き立つものはありますな。
図15
さすがにご真影に肖像画を描くのはヤバいらしい
でも、期待するほどたいしたシーンじゃないんです。
ほんのちっちゃなひとコマ。
目くじら立てる人もまずいないかもしれない。
でも疑わしきは×。
まあそれがオトナの対応なんでしょうけど、85年に発行された「美少年的大狂言」はこの内容。白泉社ってすごい会社ですね。
図16
似てちゃ困るけど
さらに物語はつづく。
今度は転校生がやってくる。ところがこの転校生、目の付け所がちがう。
時間割を見るなり
「うーむ 修身が正規の科目に入っている 結構結構」
「各教室ごとにご真影が ますます結構 青嵐高校気にいったぞ」(図15)
彼は日本全国の高校を右翼思想に洗脳させ、転向させると次の学校へと転校。
日本の学生に右翼思想を植え付け、最終的には日本を軍国主義に引き戻すことだといってはばからない物騒な男だったのです!
だが寺限や生徒会はそれを知るや
「なかなかの好青年ですな」
「オレの考え方とよく似ている」(図16)
転校生・豪田は青嵐高校に同調するのかと思いきや、生徒会長・寺限をリコールして学校を乗っ取ろうと画策。 おまえは何を企んでいるんだ? と問うたところ、恐るべき答えがかえってきたのです。
図17
革命だテロだ
図18
長期的だけどなお怖い
図19
そりゃ日本人男子だけじゃないよ
「武力革命! おそれ多くも天皇陛下をもう一度名実ともに日本の首長とするための武力革命だ!」(図17)
「既存の政党を全て解体し天皇直属の貴族院内閣を復活させる!」
「さらに全国家予算の三分の一を軍備費にあて大日本帝国を再建する! 日本をもう一度世界有数の軍事大国にするのだ!!」
時代錯誤もいいところ、まさに暗黒時代の始まりですよ。
何かの拍子にまちがって中韓の知識層がこれを読んだら「やはり日本人は・・・」と思うに違いないです。
性急な革命待望論に対し、寺限会長は青嵐高校から輩出した生徒を教師にし、修身思想を次世代に植付けていく長期的作戦を主張(図18)。
いずれも物騒なことには変わりないけれど。
豪田と、リコールを提出された寺限は、どちらが生徒会長にふさわしいかを競うため「恒例のどっちがえらいテスト」を受けることに。
ところがこのテストが猛烈にバカバカしくて、
「第一問。平均的日本男性が朝起きた時まっさきにすることは!?」
「顔を洗う!」
「目をあける」(図19)
「第二問。平均的日本男性が食堂に入ってもっとも多く注文するものは!」
「レバニラいため定食!」
「サンマひらき定食!」
「そうだったか・・・」
当ってもエラくはない気がしますけどねえ。
図20
どんな趣旨の質問なんだ
図21
イヨッ、山形屋
図22
世紀の超難問
図23
核ミサイル級の答え
「もちろんふんどし!」
「当然だ!」(図21)
「互角だな」
「いい勝負だ」
質問が続くにつれ、武力革命を起こそうという豪田の強いアピールに周囲が同調し始め、勝敗を決めたのは次の質問。
「第三十問! 天皇陛下はどういう存在であらせられるべきか!?」(図22)
接待ゴルフで接待相手にこんな話をふられたら、どう答えたらよいのだろう。
僕だったらとりあえず聞かなかったことにして素振りとかしてしまいそうな緊張感をはらんでます。
しかしスラッと答えるこのふたり。
しかも答えはこれ。
「日本のリーダー!」
と寺限。対して豪田というと
「世界のリーダー!」(図23)
たとえ冗談とはいっても、描く魔夜先生もスゴいし載せる編集も気合が入ってる。接待でこう答えたら、果たして受注はもらえるのか。むずかしいところだ。
右翼ネタが続くのはここまでで、この後は生徒会情報部の話と美少年ギャグになってしまうのが惜しいところ。
このテンションが最後まで持続すれば、超弩級の怪作になってただろうに・・・。
ただまあ、こういうふうに茶化せるのも平和になったおかげ。戦中の日本が、
本当に「世界のリーダー!」といいかねない物騒な人たちに命運を握られてた、っ
てことは事実ですからねえ。前段でも触れましたが「目に入るところにいなくなっ
た」だけで、今でも確実にいるし、昔はもっともっといたわけです。
とまあ、これで終わりますが、とにかく右翼と硬派をコケにしたこのパロディ精神はホント見事。
ふつう、やろうとは思わない。
この当時の魔夜先生は、アニメのパタリロが終わってブームは一段楽したものの、 パタリロ全編の中でも屈指の面白さをほこる「バンコランVSバンコラン」や外伝「アスタロト伯爵編」もこの時期発表。ノリにのっていたんですねえ。
それにしても第24回の「翔んで埼玉」もそうですが、どんなものでもパロディにしよう、 ネタにしようという貪欲さもスゴいし、作中に漂う恐ろしいほどの毒舌っぷりは痛快ですらあります。
硬派と右翼ネタをお得意のトランスセクシュアルやゲイものに絡め、タブーといわれるネタでもスマートにおちょくってしまう。 ギャグは客観視する視点がないと描けないとよくいわれますが、魔夜先生の客観は、視点が常に同位置でブレがないから安心して読める。
デビュー近くの作品も、近作「パタリロ孫悟空」もまったく同じ視点なんです。
確かな視点を持ちつつ、どんなネタでも得意分野に持ち込む豪腕さ。それでいて大人気ない。こんな作家はそういるものではありません。 もっともっと読まれて、評価されるべき作家です。
「美少年的大狂言」はジェッツコミックス版はわりに100円コーナーでも見かけますし、文庫化もされてます。
ちなみに文庫版のあとがきはあのシャズナのIZAMですが、美少年の話題に終始し、右翼ネタには一切触れてませんでした。
・・・まあそれがオトナの対応なんでしょうけれどね。
※この記事は2006年12月12日に掲載したものです。
(担当岩井)