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回答・メッセージ

虚空蔵55

2020/12/13 No.465

そろそろスーザンさんへの返信をしないといけませんね。

苦手な数学のお話しを少しサボっておりました。

もうしばらくお待ちください。

スーザン

2020/12/5 No.464

虚空蔵55様、みわ様

ご返信・ご指導を頂き、誠にありがとうございます。

私自身がやはり問の意味を把握していないという状況であろうと思います。

まず、

なぜ「図形Xのハウスドルフ測度を求める」状況なのか?

というご質問でございますが、これは単にハウスドルフ測度というものが一体何なのかを説明するための一つの例として挙げさせて頂いたというのが事の発端であります。

そして、なぜハウスドルフ測度を求める例を挙げる状況になったのかといえば、それはハウスドルフ次元を説明するためでございます。

図形Xのs次元ハウスドルフ測度(sは実数)を考えますと、sが小さいときには無限大に発散してしまい、sが大きくなると0になってしまうという事実があります(私の投稿にはありませんが、これは証明されております)。

つまり、図形Xのs次元ハウスドルフ測度とは、sが小さいときにはずっと無限大で、sがある値まで大きくなってくると、いきなり0にガクンと下がってしまいます。

そして、このガクンと下がってしまうsの値を図形Xのハウスドルフ測度と定めたのでありました。

図形Xのs次元ハウスドルフ測度を測ったときに、丁度ピントが合って、きちんと計測できるようになったとき、そのsの値を図形Xの次元と定めようというのが基本の考え方になると理解しております。

そして、例えば3次元の立体物のハウスドルフ次元はもちろん3になってほしいのですが(そして、実際に3になります)、その場合には、sが3よりも小さい場合には、s次元ハウスドルフ測度は無限大に発散するはずです。

私が3次元の立体物の2次元ハウスドルフ測度を求める例を挙げさせて頂いたのは、ハウスドルフ測度の実例を紹介させて頂きたいという動機と、3次元の立体物の2次元ハウスドルフ測度が無限大に発散してしまうというのを実際に見て頂きたいと思ったからでありました。

これが私なりの「図形Xのハウスドルフ測度を求める」状況が発生した理由の説明でございます。

そして、

立体物の2次元ハウスドルフ測度とは一体何なのでしょうか?
その「状況」の説明がほしいのですが…

というご質問についてですが、2次元ハウスドルフ測度とは、基本的には「面積」のようなものであると考えております。

ただ、その面積の測り方が少し独特なので、2次元ハウスドルフ測度という名前になっているというニュアンスで理解しています。

本来面積とは、2次元平面内に存在する図形や、球面のような或いは、直方体の表面部分のような2次元平面に展開図を描ける図形が、平面内でどれくらいの広がりを有しているのか?(平面内のどれくらいの部分を占有しているのか?)を数値的に表したものであると考えております。

(注意:面積の求め方というのは、平面内の図形を細かく分割しておいて(或いは平面内の図形を方眼紙の中に描いて)、各小部位の面積を計算しておき(方眼紙レベルに分割すると、各小部位の面積はおおむね方眼紙のマス目一つ分とみなせます)、その各小部位の面積の総和を考える(方眼紙に分割した場合は、その図形が方眼紙のマス目何個分を占有しているかを数えればすぐに求められます)というものでありました)

そのため、2次元平面に描かれていない図形に対しては、「面積」なるものを考えることは、そもそもナンセンスであると思われます(ギリギリ面積が意味をなすのは、球面などの平面に展開図が描ける図形までであると思われます)。

従いまして、立方体(立方体の表面だけではなく、今度は中身が詰まっております)などのように、平面に展開図が描けない図形(3次元の広がりを持つ図形)に対して「面積」を測定しようとする場合は、その図形を無理やり平面内に落とし込んで(展開して)その広がりがどれくらいあるのかを測定しなければならなくなります。

そのように無理やり面積を測定する方法の一つとして2次元ハウスドルフ測度というものがあり、その実際の方法が、No.461にて私が書かせて頂いた内容になっていると、私は理解しております。

図形Xの2次元ハウスドルフ測度を測定する際の基本姿勢は、図形Xを細かく分割しておいて、各小ピースがどれくらいの「面積」を持つかを測定し、それらの総和を取るというものでありました。

そして、各小ピースすらもすでに立体物なのですが、その「面積」とは、各ピースをあらゆる方向の(2次元)平面へ射影したときに出来る影の面積を考えて、それら(影)の面積の最大値を小ピースの面積と捉えるという方法でありました。

アナログな表現を使用させて頂きますと、ある対象の面積とは、2次元付近の存在にとって、その対象がどれくらい``大きいのか''を表わす数値のようなものであると考えても良いのではないかと思っておりますが、そのためには、3次元立体物を自分たちの世界(今の場合は平面)に投影して、そのときに出来る影がどれくらいの大きさになるのかを(あらゆる方向から)調べれば良いのではないか、という考え方をハウスドルフ測度では採用していると私は捉えております。

以上のような回答になってしまいましたが、如何でございましょうか?

もしまだ私が虚空蔵55様の質問を理解出来ていないということでありましたら、ご指摘頂けますと大変有難く存じます。

何度でも修正をさせて頂きます。

よろしくお願い申し上げます。

この度も誠にありがとうございました。

2020・9・13
スーザン様

段々わかって来ました。
(「分かってきた」というのは、私が分からない部分がハッキリしてきたという意味です)

つまり私は「ハウスドルフ測度」というものを理解していないという事です。
おそらくスーザンさんは、私の(知ったかぶり)態度を見ておられて、その部分をスルーしておられたか、説明していたにもかかわらず私がスルーしていたかでしょう。

今回のスーザンさんの説明で、

「図形Xのs次元ハウスドルフ測度を測ったときに、丁度ピントが合って、きちんと計測できるようになったとき、そのsの値を図形Xの次元と定めようというのが基本の考え方になると理解しております」

この部分はとても大事で、前回(この下の方にあるNo432)教えて頂きましたが、おそらくそこへの突込みがなく、よく理解しないままだったんだと思います。
そこで改めて質問です。


「立体物の2次元ハウスドルフ測度とは一体何なのでしょうか?
その「状況」の説明がほしいのですが…」

というご質問についてですが、2次元ハウスドルフ測度とは、基本的には「面積」のようなものであると考えております
ただ、その面積の測り方が少し独特なので、2次元ハウスドルフ測度という名前になっているというニュアンスで理解しています


問題はここです。
スーザンさんは「基本的に2次元ハウスドルフ測度とは面積のようなもの」とされていますが、そもそも何故立体物の2次元面積を測る必要があるのでしょうか?

立体物は体積のままでよいと思うのですが…


「そのため、2次元平面に描かれていない図形に対しては、「面積」なるものを考えることは、そもそもナンセンスであると思われます(ギリギリ面積が意味をなすのは、球面などの平面に展開図が描ける図形までであると思われます)。

従いまして、立方体(立方体の表面だけではなく、今度は中身が詰まっております)などのように、平面に展開図が描けない図形(3次元の広がりを持つ図形)に対して「面積」を測定しようとする場合は、その図形を無理やり平面内に落とし込んで(展開して)その広がりがどれくらいあるのかを測定しなければならなくなります。」



↑スーザンさんもこう仰っていますよね…
問題はここですね。
何故「平面に展開図がかけないものを、無理やり平面内に落とし込まないといけない」のでしょうか。

おそらくハウスドルフの基本的な考え方がここにあるような気がしますが、この部分の理解が私にないため「分からない」を連発しているのだと思います。

どうかよろしくお願いします。


虚空蔵55

追補

「そして、各小ピースすらもすでに立体物なのですが、その「面積」とは、各ピースをあらゆる方向の(2次元)平面へ射影したときに出来る影の面積を考えて、それら(影)の面積の最大値を小ピースの面積と捉えるという方法でありました。

アナログな表現を使用させて頂きますと、ある対象の面積とは、2次元付近の存在にとって、その対象がどれくらい``大きいのか''を表わす数値のようなものであると考えても良いのではないかと思っておりますが、そのためには、3次元立体物を自分たちの世界(今の場合は平面)に投影して、そのときに出来る影がどれくらいの大きさになるのかを(あらゆる方向から)調べれば良いのではないか、という考え方をハウスドルフ測度では採用していると私は捉えております」



この部分は、単純に考えますと「そんなに立体物の平面照射面積を知りたいのなら、知りたい各断面を普通にスキャン(計算)して出せばいいのじゃないのかな」と考えてしまいます。
たぶんここにもハウスドルフの考え方を入れないとダメな理由があると思うのですが、そこが分からないところでもあります。

スーザン

2020/9/12 No.461

虚空蔵55様、みわ様

この度もご指導頂き誠にありがとうございます。

私には「私が解説している」という感覚は毛頭なく、初めから「虚空蔵55様にご指導頂いている」という認識しかございませんでした。

そのため、ご質問(の形はとっておりますが、正確にはご指導)を頂ける限りはとても有難く、そしてとても嬉しく考察させて頂いております。

本日も何とか無い知恵を絞って考察させて頂きます。

どうぞよろしくお願い致します。

初めに、質問@

2次元でも2.1次元でもいいのですが、なぜいきなり球体単位(3次元)から2次元レベルの単位に落とすのかというところが判然としません。

というご質問に関して私が考察させて頂いたことは次のようなものございます(やはり、質問に対する適切な返答になっていない可能性が大きくあります。本当に申し訳ございません)。

まず、考えている問題は、ある図形X(特に直方体などの3次元の広がりを持つ図形とします)の2次元(または2.1次元)ハウスドルフ測度を求めるという状況であるとします。

このとき、ハウスドルフ測度の定義では、直径がδ以下の(3次元の)球で図形Xを覆うという作業がありますが、これは単純に図形Xを細かく分割するという作業に相当していると思われます。

図形Xを細かく分割するという操作を数学的に矛盾なく表現すると、直径がδ以下の(3次元の)球で図形Xを覆うという表現になったのであると私自身は捉えております。

そして、一旦図形Xを細かく分割しておいて、各小ピースの2次元(or 2.1次元)測度を計算しておき、それらを細かく分割した全てのピースに亘って足し合わせることで、図形Xの2次元(or 2.1次元)測度の近似値としよう、という考えが先人にはあったのだと私は理解しております。

そして、細かく分割された一つのピース(仮にxと表すことにします)に対し、このピースxの2次元測度をどのように定めるかということですが、これはハウスドルフ以前にコンスタンティン カラテオドリというギリシアの数学者が、xをあらゆる方向の(2次元)平面に射影した時にできるxの影の2次元測度(面積)のうち、最大のものをxの2次元測度と定めれば良いのではないか、と提案しております。

今の私が行った設定では、各小ピースが(3次元)球に相当していると考えてしまっております(すこし粗っぽいですが...)ので、どの方向から(2次元)平面に射影しても円になるのですが、それをもっと単純に、この円を取り囲む正方形で代用してしまっても良いというのが、ハウスドルフのアイデアだと理解しております。

そして、この正方形の面積が、(3次元)球の直径の2乗になっているという状況でございます(このハウスドルフのアイデアによって、2.1次元の場合は、球の直径の2.1乗にすれば良いというように、小数次元、あるいは無理数次元へのジャンプが可能になったと理解しております)。

また、質問A

ここも同じで、この部分は理解できるのですが、そこから突然2次元平面で覆うという作業に入ってしまうところが分かっておりません。

という部分ですが、私が2次元平面で覆うと書いたのは、上記で言うところの、各小ピースの2次元測度(面積)を求めるという作業に相当しております。

今見てみると、表現が変形してしまっており、あまり良い説明ではなかったと感じております。

力不足でありました。

以上が、私の理解力と思考力、表現力の全てを合わせた精一杯の返信となりますが、如何でございましょうか?

虚空蔵55様のインスピレーションに少しでも近づけていると嬉しいのですが...

再度虚空蔵55様からのご質問の要点を取り違えたトンチンカンな返信になってしまっていることを恐れております。

もし同じようにトンチンカンな返信となっておりましたら、ご指摘頂けますと大変有難く存じます。何度でも修正をさせて頂きます。

何卒よろしくお願い申し上げます。

この度も誠にありがとうございました。


スーザン様

「まず、考えている問題は、ある図形X(特に直方体などの3次元の広がりを持つ図形とします)の2次元(または2.1次元)ハウスドルフ測度を求めるという状況であるとします」

●スミマセン、まずここの理解が追いついておりません。

なぜ「図形Xのハウスドルフ測度を求める」状況なのか?・・・というところが
分かっていないのです。

立体物の2次元ハウスドルフ測度とは一体何なのでしょうか?
その「状況」の説明がほしいのですが…
おそらくこの初歩的な部分の理解がないのです。

分かって頂けますでしょうか?
(すでに説明済みの部分であったなら、それはもう私の記憶が飛んでしまってい
るので、到底ついていけないかも知れません)

Aも同じ意味での質問になっていました。



虚空蔵55

宇宙全史に関する質問、ご意見

名前
質問内容

家田泰明

2021/1/1 No.4039

虚空蔵55様の言われる通り、世界経済(金融商品等)は確かに異常ですから何処かで破綻が訪れるだろうとは考えていました。コロナウイルスが出て来て一時確かに株価はさがりましたが、何故か暴落しませんでした。これだけ世界で工業生産が落ちれば、その煽りを受けても不思議ではないのですが明らかに意図を感じます。自動車の生産量もそこまで必要ではないはずなのに、戻そうとしています。何か焦りが見えます。学者や医師もコロナウイルスを警戒するのは理解できるのですが、罹らない様にする方法ばかりに傾きすぎな気もします。罹っても無症状の方が圧倒的に多いのですから、免疫力を上げる方に振っても良いものですが。揺動、洗脳、人は簡単に踊ってしまうのですね。こんな状態でもオリンピックするんですかね。アスリートの方々もこんな状態のオリンピック望んでないとおもうのですが。
思った事を書き込ませてもらいました。
皆様の健康と平穏をお祈りします。失礼します。

2020・12・30

家田様

当たり前の話ですが、株価は上下動を繰り返します。
頭のいい方、正確な見通しができる方は、その差分で利益を得ますが、俯瞰能力のない方たち(これがほとんどですが)は、最終的には損をします。
この方たちの「損」がなければ、株価における利益もないのですが、現状は単純に株価購入という原始的(シンプル)なシステムから逸脱した構造がまかり通っています。

ここではあまり詳しくはお話しませんが、表面上の株式市場で購入するという行為が、あまり意味をなさない取引が行われているようです。
本来そういう行為は、ない方が健全なのですが、市場自体がそういう形を次第に受け入れていってしまったのでしょう。


「罹らない様にする方法ばかりに傾きすぎな気もします」

●それも大事ですが、上位の方たち(地球も含む)からすれば、いくらでも強力な疾病を作り出すことなど朝飯前です。
今は人類全体のバランスを見ながら、「20年後の世界人口は半分になる」を目標に調整されているところです。
「人類全体のバランス」とは、どこまでにいつまでに「気づけるのか」というところでしょうか。

あなたの仰るように今はまだ無症状の人たちが圧倒的に多いのです。

気づきのない方たちが、今のうちに向きを変えることが出来ればいいですね

家田さんの祈りが届きますように



虚空蔵55

家田泰明

2020/12/31 No.4038

虚空蔵55様、みわ様、お世話になっております。

 今年も残りわずかとなりました。コロナウイルスによる、経済的な混乱には巻き込まれていますが、体調を崩す事もなく平穏に過ごせております。有難うございます。未だに、チャクラの拍動と青い光がちらつくことは有りますが気にしない様にしております。私の心の在り様も、何処かで以前と変わらぬ生活を望んでいる部分と、変わって行きたいと願っている部分とが交錯しているのが、ハッキリとしてきました。慈悲の瞑想と世界平和の祈りのおかげです。以前は、外側に原因と責任を転換するだけでしたから。静かに変化の時を見たいと思います。


本年も有難うございました。来年もよろしくお願いいたします。

2020・12・30

家田様

今年は人も世界も明暗が分かれた時になりました。

今の株式相場は、うわべは順調に見えても、実際はバブル以上のカタストロフィーを抱え続けています。
報道される世界情勢はやはりうわべだけで、実際は各地で貧富の差や混乱は拡大し、地球は破壊され続けています。

心ある方たちはこれまでもその現状を訴え続けていましたが、やはり力関係というこの世界のセオリーにより、届かないか、かき消されていました。

しかし「20年後世界人口は半分になる」で書いておきましたように、そういう時代の終焉が着々と進行しています。

「力関係」というセオリーは原則のままですが、その力関係が根底から変わってしまい、今は地球がその力を取り戻しています。
そして地球は「20年後世界人口は半分になる」のベクトルを選択し、突き進んでいるのです。

ここで最初のころに「そうならなければいいが」と書いておきましたが、コロナの変性種が既に続々と出てきています。
出てくるのはやむを得ないのですが、その因に「人々の恐怖」があると「より悪い方向に変性する」という形になってしまいます。

だからこそここでは「恐怖に陥らない、煽動されないように」と警告しておいたはずです。
もちろんここをご覧になっている多くの人たちはそういうことはあまりないでしょうが、普通の人たちの見苦しいあがきは、その「あせり」「不安」「狭量」という要因で、ウィルスの悪性変異のベクトルを強固なものにしてしまっています。

皆さん方には家田さんのように五井先生の祈りがあるので、その浸透度により、より深い安心感故に実際の効果も感じられるようになって来ておられると思います。


来年も心静かに過ごせますように



虚空蔵55


shin

2020/12/26 No.4037

虚空蔵55様

アメリカ大統領選のマケインさんとトランプさんの争いどういう結果になるのでしょうか。
未だトランプさん再選の道は閉ざされておらず、YouTubeを見ているとバイデンさんが次期大統領に決まれば、中国が世界で幅を利かし日本は中国の属国になる方向に大きく舵を切るように思えるのですが。
2008年の大統領選の時はオバマさんとマケインさんが争いましたが、事前の予想ではマケインさんが有利と言われていましたが、オバマさんが大統領になりました。
後に、宇宙全史のBBSでマケインさんが大統領になっていたら世界は良くない方向に行っただろうというコメントにオバマさんで良かったのかという思いがありましたが、今回の投票不正の影にオバマさんが関係していると言われているのに複雑なものを感じます。


2020・12・26
shin様

ご存じだと思いますが、こういうことわざがあります。

「禍福は糾える縄の如し(かふくはあざなえるなわのごとし)」

簡単に言ってしまいますと「いい事も悪い事もその現れは絡み合い、混じり合って、交互にやって来るんだよ」てな感じです。
誰が大統領になろうが、大統領や候補者が何をしようが、一見複雑怪奇な世界動向に見えますが、地球は宇宙全史の「20年後世界人口は半分になる」で示されたベクトルで動いていきます。
細かな修正や変動、バージョン違いはありますが(大きな変更があった場合は、ここでお知らせします)、今のところほぼそうなっていきます。

目線が縄目に近くて、何が何だか分からないうちは、世界は千変万化していきます(そう見えます)。
しかし視線を離れて見ることが出来れば(これを俯瞰といいます)「ああこれは縄の裏表がグルグル巡っているのだなあ」と気づくはずです。
しかしその視線は、宇宙全史を深く理解しないと得られないでしょう。

そしてその目線が得られたなら、私たちに出来ることは、色々勘ぐって、不安になったり恐怖に陥ったりすることではなく、祈りという大きな愛で包まれた五井先生の庇護のもとに参集することなのです。
(参集といってもやたら集まることではなく、皆さん一人一人が常住坐臥、お祈りの生活に入られることです。一人一人のお祈りで、場所がバラバラであっても、宇宙全史を通じた五井先生の祈りを行じる時は、すべからく上位の世界で参集することに繋がっているのです)


虚空蔵55

しょう

2020/12/26 No.4036

いつもありがとうございます。おかげさまで今年も冬至を迎えることができました。私のほうはこの期に及んで一進三退で、もう本格的にダメそうですがなるべく後悔を残さないように出来たらなと思います。
その一環として、ひとつ質問させてください。
身近な人に宇宙全史を伝えようとしています。母には祈りと「20年後〜」を伝えられましたが、父には言えずじまいです。
父は、いわゆる陰始性の濃いやり方で生きてきたからです。宇宙全史を受け入れないだけならいいですが耐えられず壊れてしまう可能性もあります。
そんな父が、今年の夏に倒れ緊急手術を受けました。おかげさまで彼は今も、ひとまずは平穏に過ごせております。
この緊急手術は「もう陰始のやり方を止めなさいね」という父へのメッセージではと感じお祈りだけでも伝えたほうがと改めて悩んでいました。

その瞬間、
「手出しは無用」
という声が聞こえました。

明らかに私のものではない感じがしましたがおそらく今までこんな経験がなかったので私の妄想なのか、父の関係者さんからなのか、はたまたよろしくない存在からのコンタクトなのか判断がつきません。
この時の声は、誰のものでしょうか?


私も父も、いつまで生きてられるか分かりませんから機会のあるうちに祈りだけでも伝えられたらと思いますし、父のペースでいつか辿り着いてほしいとも思います。


この質問の動機も、真に父のことを慮ったものではなく
「私を養ってくれる人が死ぬと困る」「私が後悔したくないだけ」
といった私のエゴから来ているだけだと思います。夏至から半年も経ってようやく、この思考を受け容れられました。
私にとっても父にとっても、二度とないであろう機会です。判断の材料にさせていただければと思います。お忙しいなか恐れ入りますが、よろしくお願いいたします。

2020.12.24

しょう様

「この時の声は、誰のものでしょうか?」

少し混ざっていますが、あなたの守護霊様です。


「この質問の動機も、真に父のことを慮ったものではなく」

●確かに少しはそれもありますが、受け入れたあなたにはそのエゴは消えています。


「私にとっても父にとっても、二度とないであろう機会です」

●チャンスは無限にありますが、同じチャンスは二度とないものです

今在るあなたを大切に



虚空蔵55

山本

2020/12/26 No.4035

はじめまして。山本と申します。

3年くらい前にあるメッセージをきっかけにスピリチュアルの世界に踏み込みました。
そして去年の9月あたりで宇宙全史の存在を知り、1年以上かけて2回読みました。
現在は質疑応答を読んでいます。
読んでいて好奇心に駆られて質問したいなぁと思っても丁寧な文と凄い内容に怖気付いてしまったり、自分が質問するより学べるなぁと思い過ごしてました。

読んでいますと、何か質問ないかなぁ、地球来る前はイルプロラシオンかなぁ、クヌードってカッコイイなぁと妄想してはイカンイカンとかき消しては読み進めると所々のキーワードで
自分自身の以前からの不思議な疑問が出てきます。

質問なのですが、やたら人に見られるんです。自分がイケメンなのかハゲてるせいなのか
容姿でガン見されてると思ってましたが、数年前から違うと思える現象が出てきまして
夜中で暗い車内から3mほど離れている人とほんの一瞬だけ目が合い直ぐに逸らしましたが
その人は車内をうかがいながら通り過ぎました。
最近の場合は、接客業してまして毎週土曜日に来るお客さんでこっちに近付きたいそぶりを
する方がいます。
あと、見えない存在からもあった気がして、伊勢志摩のときは好意的だった気がしました。
台湾のときは良くないのがついて来てたような。

という感じで変な注目を集めます。何かしなければならない事があるのでしょうか?
それとも自分の幼い頃の特撮ヒーロー憧れや引きこもりの頃の妄想全開で宇宙皇帝物語(ハイライトシーンループ)や有名芸能人で活躍などエゴが見せた勘違いなのでしょうか?

後者なら五井先生の世界平和の祈りを続けエゴを溶かします。

でももし前者なら42年間生きて来て、見えない存在や世界中や日本国や数々の人たちに助けられて立ち止まるな先へ進めとバトンを託された気がします。
日常の日々と世界平和の祈りと他にすべき事があるのでしょうか?
よろしくお願いします。


虚空蔵55様 みわ様 月読之大神 五井先生 植芝先生 有難うございました。

2020・12・9
山本様

もちろんあなたがしなければならないことはあります。

お祈りをされているようなので、そのまま続けていかれればいいでしょう。
あとは少々の自意識過剰なところを俯瞰できるようになりますと、もっと前に進むことが出来るようです。

がんばって下さい


虚空蔵55


いくと

2020/12/13 No.4034

@2020・11・30

虚空蔵55様、みわ様


ご回答いただき、誠にありがとうございます。


妖怪気質の方々は「どこまでもひたむき」な故に並みの人間には理解できない価値観で生きておられるのだと思います。自分には理解できないというだけで変に思われるでしょうし、たしかに生きにくそうです…。

自分を曲げて社会に折り合いをつけようという方向性ではないかと思いますので、その上で会社として成立している特異性というのは、たしかに想像しづらいかもしれません。

一種の桃源郷かとも思えてきます。(雰囲気はぜんぜん違うかもしれませんが)

会社もそうですしワークもそうですし、トライアスロンもそうで、水木しげる先生のもとで学ばれていたり、これから漫画も描かれるということで、ぜんぜん「細々」とした印象はございませんし、むしろ太すぎるぐらい太くてすごいという感じなのですが、それはそれとして(と言うのも失礼いたしますが)、やはり漫画も楽しみです。


「腰回りが固まってくる」、この感覚は実感もあり、納得です。筋肉や神経というのは大人になってからも成長してくれるんですね。希望が持てます。


「抽象」「自由」が実は身近なものであるというのも有難い示唆です。

人付き合いをする際に人を自分に巻き込む、あるいは相手に巻き込まれるということがあるように思います。その渦中に加わったものは仲間となり、それに加わらなければ疎まれる。悪くすると和を乱す存在とみなされ、共感性がないというレッテルを張られ、彼らの正義によって攻撃される。

そこまではいかないにしても、相手の自立性を尊重した上での人付き合いというのは、自戒を込めてですが、難しいことだと感じます。自由ということに関して言えば、後者の方が自由度が高いと思いますので、その辺りを気を付けたいなと思いました。


「そこそこ」「ある程度」というのが、なんか僕らしくもあります。そこに甘んじてはいけませんが。

境涯が変化したとのこと、これも納得しております。本当に有難い状況へと導いていただいております。不思議です。


許可が降りない理由を教えていただき有難うございます。自分に都合のいいものしか見れないのであれば、許可が降りないのも当然です。エゴを薄くすること、覚悟を持つこと、、、やはりまだまだです。

“「あせらず腐らず粛々と」というのは何事においても極意”であるとのこと、本当にその通りだと存じます。あらためて諭していただき有難うございます。

正直、焦ったり腐ったりしておりました。冷静さ、、、この点についてもぜんぜんでした。少し笑えます。思い当たる節ばかりでした。


辛さについても簡潔明快!な気もいたしますが、早合点は禁物ですね。「エゴ」の本を待ちます。

道を聞くことを得るというのは本当に得難い僥倖です。
有難うございます。



A2020・12・7


一種の桃源郷かとも思えてきます。(雰囲気はぜんぜん違うかもしれませんが)

●いくと様

この世界では、どこで生きていても桃源郷という所は存在しません。
確かに地球上において一般人に知られていない桃源郷は存在しますが(これはどこかでお話ししましたよね)、それもこの世界の調整のためにあるもので、例え如何なる桃源郷であっても「永遠に幸福である」という事は出来ません。
ある一定期間、確かに至福感は持続しますが、この宇宙のセオリー通り「完全覚醒なくして、本当の自由は存在しない」のです。
それは霊界上層部、神界においても同様です。

会社もそうですしワークもそうですし、トライアスロンもそうで、水木しげる先生のもとで学ばれていたり、これから漫画も描かれるということで、ぜんぜん「細々」とした印象はございませんし、むしろ太すぎるぐらい太くてすごいという感じなのですが、それはそれとして(と言うのも失礼いたしますが)、やはり漫画も楽しみです

●トライアスロンというのは私にとって色んな意味があったものでした。
@魔導師たちのカルマの消却のため
A私自身の肉体改造に残された微かな道筋
この二つが大きな目的としてありました。
しかしAは、それが実現するかどうかは@次第であり、また私がAをどこまで望むかという要素が大きかったので「微かな」という表現になっています。

いくとさんは、おそらく太極拳関連で丹田を養われていますが、私は丹田だけではなく、あらゆる可能性を求めていかないと、その目標には届かないという事がありました。
それには全身運動でありバランスのとれたエクササイズになり得るトライアスロンというのが最適だったようです(もちろん丹田だけでも完全に開発できれば、その方に応じた驚異的な進化が見られます。といいますか、丹田はすべてのチャクラを正常に開花させるためのベースとなるものですから、非常に重要なファクターになっています)。

上記の@とAの「バランス」というのが大事で、エゴに振り回され、行き過ぎますと「魔導師たちのカルマの消却」だけに使用されてしまっていたのも事実でした。
そこの塩梅は、現実的な精神世界で生き抜く重要なポイントになっています(ですから非公開情報では私自身の恥を結構さらして書いておいたと思います)。

私にとっての「漫画」は、「真理」や「自由」への探求そのものでした。
しかし私の「真理」は、あまりに広大無辺で、深甚にて無上であり、虚であり空であり実存でさえなく、更にそのすべてを凌駕するものでもありました。
エゴに振り回されている若い頃には到底描く術も、描く力もなかったのです。
それは人間としての一個人でははかり知れない、探求しえないモチーフでしたが、人としてのタガが外れて行くと、その展望が少しずつ構築されていったのは幸いでした。

一生に一度納得できる作品のタイトルは「御祭舟(おさいせん)」(副題D9RECORD)というのもので、タイトルは私の最後の単行本「御祭舟」から来ています。
これは2002年7月に自費出版(同人誌タイプ)という形で、それまでモーニングという週刊誌に掲載されたものを何作かまとめたものでしたが、結局この後が続かず尻切れになっていました。

「画像」
(その時出した同人タイプの単行本「御祭舟」)

尻切れの理由はいくつかありましたが、
@描きたい画が描けない(技術的な問題)
A探求するテーマに届かない(知覚する術が薄かった)
この二つの大きな障害により20年近くとん挫していたモチーフでした。

「画像」:
(↑今の「御祭舟」の仮の表紙絵です)

18才の時に上京して、ずっと売れない漫画家をやっていましたので、ろくな作品を残して来なかったなあとは思っています(実際そうでした)。
でもたまに何かポイントで気になる作品を残していたのも事実で、最初の単行本(20才頃だったと思います・青林堂の影の編集者、高野慎三氏発行)「淡紫抄(たんししょう)」という画集といいますか、ページ漫画のような描きおろしでしたが、最終頁には「早く年寄りになりたい」とまるで私の人生を総括するようなセンテンスが残されていたりしています。

またモーニングで描かせて頂いた「D9RECORD」では、今回チャレンジする漫画「御祭舟」に少しかするような内容だったのには改めて驚かされます。
その頃は深く異界を知る術もなく、ただ遠い微かな感覚だけを頼りに描いたものでした。
ですから今見ると本当に幼い技量で、踏み込みも浅く、大した作品ではありませんでしたが、それらにはこれからチャレンジする、オーム宇宙の、私たち人類の謎の片鱗が潜んでいたのです。


私には果たされていない約束が幾つかあります。

1つは今描いています「本当に納得できる漫画を描く」で、それは「本当に好きな漫画を描く」という事であり、出来れば一生に一度でよいと思っています(そもそも書き続ける時間が残されていないですしね)。

2つめは「ハワイアイアンのトライアスロン世界大会でトップに立つ事」
この2つが今生の現象界で私に残された約束です。
ただこのトライアスロンの大会での成就というのは、昔からチラチラ言われていた事があり、それが「出来るかどうか・・・ムニャムニャ(上の方)」という感じで、私が成就できるかどうかというより、世界情勢がそれを許すかどうかという上の方たちのニュアンスの言動がしばしばあったのです。
実際今Webを覗いたら中止になっていました(まだしばらくは出られないだろうと考えていたので、チェックしていなかったのです)

10月10日(土)に開催が予定され、2021年2月6日に延期して開催するとしていた「アイアンマン・ワールド・チャンピオンシップ2020」は中止となりました(2020年7月21日現在)

ちょうど今新型コロナ騒ぎで色んなイベントが無くなっていますが(オリンピックなどは、宇宙全史が予見していた通りになっていますね)、ハワイでのアイアンマン自体の開催が、いつまで可能かという事もあるようです。
しかし例えアイアンマンのステージに立てなくても、「それが可能になる肉体を持つ」という事は私自身の問題ですので、振り回されないようにして継続中です(通常のマラソンやウルトラマラソンもありますしね)。
実際これからの世界は、コロナどころの状況では済まないような世の中になっていきます。
いつもここで最も大切なことは「自分の免疫力(抵抗力、耐久力)を高めること」とお話ししていますように、今のうちに皆さんも健全な身体の育成に重点を置かれるといいと思います。
それが新しい世界へとスムースに移行できる大切なポイントでもありますし、社会が混乱してくると、自分の身は自分で守るしかなくなっていくのも事実です。

実はもう一つあり、それが「完全なる自由の獲得」というものですが、それはこの現象界を去った後も継続されるものだと思われますので、今はあまり言及しないようにしています。
「完全なる自由」とは、全てのすべてを「識る」自由でもあります。
そして「現象界を去った後」というのは、うまくいけば「完全覚醒の後」という事です。
一般的には(あまり一般的ではないのかも知れませんが)完全覚醒は究極の最終覚醒と思われています。
しかし実際はまだその先があり、ここから見るとその更に先々というのは正に深宇宙への、深遠への探求という事になり、遊撃手にとってはワクワクするミッションになっています。


上記の現象界における2つの約束は誰に対して約束されたものなのでしょうか。

それは私が「私」に対して約束したものでした。

私の若い頃にそういう言動をお聞きになった方たちで、あきれた方や対応できなかった方たちの幾人かは、すでにこの世にはおられなくなっていますが、私もまさか70歳になってからのこの最終ミッション継続には少々驚いているのです(特に漫画は)。
これらの約束は、地上界の私のエゴが私の本体である遊撃手に対してしています。
(この遊撃手が厳しい存在で、とにかく私へのフォローがなく、見かねた月読之大神が手を差し伸べて下さったのが宇宙全史というワークでした)
フォローがないというよりは「放置」に近い状態で、「自分で何とかしなさい」というのは、みわも同じだったようです(みわの場合は、アンドロメダ団体(星雲)ですが)。

そもそも精神世界の覚醒者で本格的な漫画を描いた人というのは例がないのではないでしょうか。
私の覚醒は段階的に進んでいまして、完全覚醒はまだですが、それでも世界構造の探求はほぼ終わっています(完全解明は無理で、もしやるとしたらとんでもない迷宮に迷い込んでしまいかねないので、必要最小限でとどめています)。
それを映像、画像で皆さんにお見せすることが出来たなら、ちょっと面白いかも知れないと思っているのです。

2020年の8月頃の時点で私には二つの選択肢がありました。
いくとさんのおっしゃっている9月2日の転換のちょっと前です。
社長を辞めて、これからどうしていこうかという時に色々夢は膨らむわけです。
@完全覚醒までは直接人々と接触することはしたくないので、YouTubeで日々宇宙全史を配信する
Aせっかく社長業から解放されるのだから自由にあちこち放浪してみたい
B好きな漫画をとことん描いてみる
C1,2,3の折衷案で…例えばキャンピングカーであちこち回り、山に登り海で泳ぎ、温泉などを巡りながらYouTubeを配信し、車の中で漫画を描くという何とも夢のような計画〜

実際Cのミッションでいこうとキャンピングカーの手配や(今いいのがあるんですね)キャンピングカーの車庫専用の住宅を建てようとしたのですが、どうも上の方たちのご機嫌を損ねた様でうまく回りません。
まだ完全に好きにしていいよという訳ではないようで、結局まだやることが残っているというわけです。
つまり会社で会長としての最後の指導が残っているという事(ですから如何にまんだらけという会社が大事かという事なんでしょう)。
そもそもYouTubeでの配信は、生命の危険を伴うと言われていましたので、有難い御指導でもあったのでしょう。
確かにたかがコロナ騒動で「マスクがどうのこうの」で喧嘩騒ぎになったり、罹患者を差別したり、愚かな人間の所業は本当に気味が悪いと実感しています。
五井先生はおそらく気にも留められないでしょうが、私はそういうのに関わるのは何か面倒で、普段はマスクなど使用しないのですが、無駄な摩擦を避けるため最近外に出るときはマスクをするようにしています。

たかがコロナで、こんなていたらくですので、そういう人たちは本格的な終末が来たらいったいどうなってしまうのでしょう。
コロナ騒ぎは今のところ一向に落ち着きませんが、為政者は大きな目で見て「収束は人の抵抗力を上げるしかない」とはおそらく中々気づかないのでしょう。
いや気づけないのかも知れません。
気づいてしまうと、今の社会構造自体を根底から変えていかざるを得ないので、気づきたくないというところが本当でしょう。

そんなわけで私は既にいうべきことは言い、伝えるべき最低限のことはお伝えしましたので、後は皆さまがどう受け取るか、いやそもそもここを見ることが出来るかどうかという事だけが残されています。


「そこそこ」「ある程度」というのが、なんか僕らしくもあります。そこに甘んじてはいけませんが。

境涯が変化したとのこと、これも納得しております。本当に有難い状況へと導いていただいております。不思議です


●随分変わられましたね。

私もうれしいですが、守護霊様たちもお喜びです。
厳しい状況の中だからこそ落ち着いて今出来ることを粛々とこなして行きましょう。




虚空蔵55



いくと

2020/11/25 No.4033

虚空蔵55様、みわ様

『まんだらけZENBU』100号、拝見いたしました。イラスト付きということもあり、宇宙全史の内容がより一層魅力的に映りました。僭越ながら、水木しげる先生の妖怪に対する愛といいますか、そういうものを虚空蔵55様も受け継いでおられる(あるいはもともとそうである)という印象をお受けいたしました。


おかげさまで、いい状態に向かって行っているという実感とともに日々を過ごさせていただいております。身体、精神状態、社会との関係に関しても大きな改善が見られます。

身体でいうと、丹田の感覚が掴めつつあるようで、同時に腰が安定してきました。動きやすいです。

いいことばかりではなく、私の不注意もあり接触事故に遭ったり、レッスン中に強く手を打ってしまったりもありますが、有難いことに生活に支障がない程度に抑えていただいております。

精神状態でいうと、穏やかに過ごせる時間が増え、物事を前向きに取り組めることが増えました。

社会との関係については、いい人たちに巡り合えており、そういった人たちと仕事ができることが先の精神状態にいい影響をもたらしております。また社会に対する知見をすこしく身につけるようになり、距離のとり方を覚えつつあるように思います。社会のなかで生活しつつエゴを洗練させたいです。


このような傾向に対して、とても有難いと思いつつ、それで満足していいのかという疑念も常にあります。抽象、自由というお話も掲示板でされておりますが、やはりそこに向かいたいです。世界に埋もれたくありません。何とかくらえついていけますように。


今年も大なり小なり不思議に思うことがございましたが、特に気になったことを現状報告を兼ねて書き込ませてください。


<9月2日の夜>
@ある晩、床に寝そべっていると急に「生まれ変わった」という感覚が浮かび上がりました。何がどう生まれ変わったかは全くわからず、ただ突発的に直観されただけでした。

ここで“9月2日はきれいな満月でした。(・・・)この夜を境に世界の大きな潮目が変動しています。”との書き込みを拝見し、そういえば「生まれ変わった」感覚があった夜だと振り返りつつ、あの直観も故なきことではなかったのかなとよく分からないまま納得させていました。

あの直観は世界の潮目の関連があったのでしょうか?
もしあるとすれば何が生まれ変わったのでしょうか?


<前世は海賊?>
Aある晩、夢の中で私は「ヒャッハー」しておりました。無法者の振る舞いという感じです。目が覚めてまず思い出したことは、以前受けたことがある占いで前世は海賊の仲間だったという判定でした。その占いは占い師が巫女体質のかたで、私にとっては信頼できる占いでした。しかし前世に関する内容は、正直ピンとこずにあまり気に留めずにおりました。

この夢を見て、もしかしたらそういうこともあったのかもしれないと思いましたが、よくわかりません。その夢を見た頃は海賊についての本を読んでいたので、たんにその影響を受けただけかもしれません。しかし、前世を知るきっかけになるかもと思い、気になっています。

その占いでは、前世では島暮らしをしており海が大好き。しかし島での生活に飽きて友人と海に出て、海賊に拾われる。そしてスリルのある生活を楽しみ、冒険好きの私は戦いの日々も気に入っていた。しかし死ぬ間際に、自分の人生は人を蹴落とす刹那的な生き方であり、人の命を大切にしてこなかった事に対して激しい後悔の念を覚え、そして来世は地道な人生を望んだ、とあります。この占い結果は、たしかに私の性格とも辻褄があっているようにも思われます。


<夢の中の私>
B夢の中で小悪魔の姿をしたエゴと出会ったことがありましたが、先日は初めて私自身と出会いました。エゴも私自身と心得ていますが、先日の夢ではその姿形も私自身でした。得物を持っていたようです。目つきは険しく睨んでいるようでもあり、不貞腐れているようでもあり、人を信用していないという目でした。

それはまさに私自身の姿でした。私は少なくとも中学生の頃にはそのような性質を身にまとっていました。それは今に至るまで持ち続けてきた性質でもあります。

夢から覚めた後、ようやくそういう自分を認める(見止める)ことができるようになったのか、ようやくあの雰囲気から離脱できる希望を得たと思いました。まだまだこれからですが。

また自身を客観視するとはこのことかとも思われました。(私の場合は非常にわかりやすい形で(恩恵で)見させてもらったのだと思いますので、本来の意味とはズレてると思います)

(この夢を見た内容は無明庵の自我復元も関係しているものかと思われます)



特に書き込みしたかったのは以上の三つでございます。

ときどき自身をどうにもできないことがあります。自身の愚かさ、弱さは如何しがたいものがあり、私も辛さに触れないでいられる強さがほしいと思わずにはいられません。すこしでも精進できますように。

2020・11・23


『まんだらけZENBU』100号、拝見いたしました。イラスト付きということもあり、宇宙全史の内容がより一層魅力的に映りました。僭越ながら、水木しげる先生の妖怪に対する愛といいますか、そういうものを虚空蔵55様も受け継いでおられる(あるいはもともとそうである)という印象をお受けいたしました。


●いくと様

100号の絵物語は会社における私の最後の仕事になりました。
今後の目録(ZENBU)作業も引き継ぎが完了すれば離れていくことでしょう。
まんだらけという会社は、ここまで頑張ってきた従業員たちの手によって、今後は運営されて行くことになります。

あの物語は妖怪の物語ではあるのですが、実はまんだらけの従業員たちの物語でもありました。
「自分の納得できるもの」「好きなもの」を「どこまでもひたむきに求め続ける」という妖怪度の高い人たちのコミュニティは、この世知辛い世の中では生き抜くことが中々困難な状況です。
そういう人たちが集まり、自分たちだけで独立して生き抜ける場所がまんだらけという会社でもあったのです。
文章で書くのは簡単ですが、実際にそういう会社を作り上げるというのは、並大抵のことではなかったのも事実でした。
まだ少し会長としてフォローすることが残っていますので、完全解放とはいきませんが、少しは楽になって細々と生きております。

またあの絵物語を描くことで、私の漫画家としての筆も少しこなれた様で「一生に一度でいいので本当に納得できる漫画を描きたい」という目途が立ってきています。
たぶん2〜3年かかりそうですが、コツコツと仕上げたいと思っています。


身体でいうと、丹田の感覚が掴めつつあるようで、同時に腰が安定してきました。動きやすいです


●おっしゃる通りで、丹田という感覚が分かって来ると、肉体の腰回りが固まって来ます。「固まってくる」とは、見た目固くなるという意味も多少はありますが、周囲の複雑な筋肉や神経が正常に成長し、背中や足回りの構造との連携を密にしていくことを指します。


このような傾向に対して、とても有難いと思いつつ、それで満足していいのかという疑念も常にあります。抽象、自由というお話も掲示板でされておりますが、やはりそこに向かいたいです。世界に埋もれたくありません。何とかくらいついていけますように。


●「抽象」「自由」という目標は、遥か彼方のようで、身近なものでもあるのです。
もっといいますと「常に側にある」といってもいいのです。
ただ気づかないだけなので、気づくようにすればいいのですが、それにはエネルギーが必要なのは、ここで学んで来られた通りです。


あの直観は世界の潮目の関連があったのでしょうか?
もしあるとすれば何が生まれ変わったのでしょうか?


●守護霊様が見せておられます。
あなたの守護霊様はそこそこ厳しい方なのですが、それはあなたがそこそこの方で、ある程度の本当の愛を受け止められる方であるという事でもあります。
あまりこういう事は言わないように止められていましたが、守護霊様がそういう体験を許したという事は、あなたの境涯がその潮目と共に変化したということです。


その占いでは、前世では島暮らしをしており海が大好き。しかし島での生活に飽きて友人と海に出て、海賊に拾われる。そしてスリルのある生活を楽しみ、冒険好きの私は戦いの日々も気に入っていた。しかし死ぬ間際に、自分の人生は人を蹴落とす刹那的な生き方であり、人の命を大切にしてこなかった事に対して激しい後悔の念を覚え、そして来世は地道な人生を望んだ、とあります。この占い結果は、たしかに私の性格とも辻褄があっているようにも思われます。


●確かに海の周囲で生きておられたのは事実です(「海の周りの生活者」と降りて来ています)。
しかし「海賊」「ヒャッハー」は違います。
おそらく本か何かからの影響が出ているようです。
巷の占い師さん、巫女さんにとって、事実を正確に伝えるという事は非常に難しい事なのです。
占う対象の潜在意識や深層迄読み取れる方でも、その実際の記憶や精神と、まがい物の「こうであったらいいなあ」「きっとあれだろう」という対象者の潜在願望との区別が困難だからです。
そうすると真実と虚実が混在した情報が降りて来てしまい、対象者にとっては自分の都合のいいものですから「ヒャッハー」状態になるわけです。
全くのでたらめではないのですが、巷の精神世界の情報は、こういう形が多いのも現実です。
だからこそあなたには未だ守護霊様から許可が下りて来ていないのです。

「あせらず腐らず粛々と」というのは何事においてもの極意ですが、今のこの時期は尚更に慮(おもんばか)るべき心構えになるでしょう。


ときどき自身をどうにもできないことがあります。自身の愚かさ、弱さは如何ともしがたいものがあり、私も辛さに触れないでいられる強さがほしいと思わずにはいられません。


●「辛さに触れないでいられる」ということは出来ません。
(酒やドラッグ、博打や異性に耽るという目くらましのようなもので胡麻化すしかないでしょう)
ただ「辛さ」というものを感じなくなることは出来るのです。

「辛さ」とは本来ないものですから、その「ないもの」をあるとしてしまう「己(おのれ)」があるのです。
この件(くだり)は長くなりそうですから端折ります(「エゴ」の本でお読みください。
根元を絶てれば楽になります。

その「根元を絶つ」というのが、この世界では最強の戦士。

それが本当の「強さ」なのです




虚空蔵55



M(匿名)

2020/10/11 No.4032

お世話になります。Mと申します。バックナンバーの購入ですが、
株式を取得すれば、今からでも過去のバックナンバーを購入できますか?
M様

現在「非公開情報の権利」は取得する術がありません。

もうすぐ解放されるような気もしますが、まだ時間がかかる気もしています。
ただ私は暫定的ではありますが、まんだらけから徐々に解放されつつありますので、その塩梅も含めて、そんなに遠くはないと思います。

また「非公開情報」のみを書籍にまとめて出版するという形はあるかも知れません。
(これも許可が出たわけではなく、そんな気がする…程度です)

せっかくのお問い合わせですが、しばらくは既刊の宇宙全史やここのブログで学んで下さい。


(Mさんの質問はメールで来ましたので、匿名にしました)


ペルシャ猫

2020/10/11 No.4031

虚空蔵55様

初めまして。宇宙全史を読まさせて戴いている、ペルシャ猫と申す者です。
宇宙全史、凄まじい本だと思います(軽薄な感想ですみません)。
中身を読む前は、幸福の科学の用語が使われている箇所が一部あり、相当程度身構えておりました。

良くこのような本を書きあげられたと尊敬に値します。
内容の是非はさておき、大騒ぎになっても良いような気がするのですが、どういうわけか黙殺に等しい反響状況に感じます。

まんだらけ様は、漫画を買わせて戴いたことくらいしかございませんが、今このような形でご挨拶させていただくことになるとは全く想像しませんでした。


私は、もともと精神世界の歩みとして、
坂本政道(ヘミシンク)→ロバートモンロー→無明庵と学びを実践してきた者です。
特に無明庵の教義を中心に8年近く頭過ごしてきたので、当初宇宙全史の内容を読まずに「世界平和の祈り」という言葉を聞いたときは、「宇宙そのものが永遠の平和を予定してないのに平和を祈ってどうするのか」という感想しか出ませんでした。
今ではむしろ逆であるという実感を感じております(つまり、システムを嘆くよりは、この宇宙でより良く存在するしかないということ)。

この8年間、無明庵の教えは、餓鬼であった私を殺し、足らない大人くらいにはしてくれたように思います。
何も救いのない宇宙でも、良くなり続ける、戦い続けるしかないと。
世界平和の祈りが何に届くのかは、詳しくは知識の整理ができていませんが、私の場合、宇宙と存在への感謝ではないかと感じます。

無明庵の教えを学んだものであればあるほど、世界平和の祈りには抵抗感があると思います。私を含め、彼らは存在と、宇宙と、戦う戦士だからです(戦いにすらなっていないのでしょうが)。
もし祈るとしたら、戦いそのものと敵(宇宙)に感謝する、という剣豪のような気持ちで祈るのかもしれません。そしていつか本当の敵は自分だと気づくのでしょう。

一応、「質問」という体のフォームになっておりますが、今回私からは質問はありません。書籍をまだ全て読んでないからです。

また、わからないことがでてきましたら、ご質問させていただければと思います。

宇宙の全てに感謝します。

ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

2020・10・11


ペルシャ猫様

残り少ない時間ですが、共に学び続けられることを祈りましょう



虚空蔵55



あゆく

2020/10/11 No.4030

宇宙全史に関わる全ての皆さま、気づきと学びをありがとうございます

 本日、そうしたほうがよい気がしたのでいつもより早い時間に散歩に出かけました。川沿いで暑いからもう帰ろうとしたところで異変に気がつきました。水の落ちる音が妙に小さいのです。
 周囲を見渡すと車がやけにゆっくりと進んでいるのが見えました。気のせいかもしれないが確かめるために比較的車通りの多い道を歩いてみました。やはり車はゆっくりと進んでいるように感じられました、鳥の飛ぶ姿もゆっくりと、そしてくっきりと見えました。そしてとても静かでした。
 その静寂の感覚が面白かったので、暑かったことも忘れてしまいいつもより余計に歩いて帰りました。

 こういう感覚は瞑想修行のかたのブログで読んだことがあるので、たぶん似たようなものだろうとも思いました。また、こういうことが起こったのは私の認識が変わったせいだろうなとも思いました。

 前回お送りしたメールには書きませんでしたが、ひと月ほど前に地球全史編の初版が手元に来てくれました。その後も一進一退という感じでしたが、今月に入ってやや感情が落ち着きました。そしてしきりに「この地球で生きていることはバーチャルリアリティゲームなのだ」という思いがつきまとうようになりました。
 もちろん私独自の発想ではなく数々の聖賢が伝えてきてくださったことです。宇宙全史でも書いてあった気がするけど確信もなく、せめてこの地球全史編だけでも読み返そうとしていたところでした。結局読み返す前に、本日の体験の感動を伝えたくてメールしてしまいました。お許しください。

「どうも私はゲームの中のキャラクターである」
「私にはプレイヤーがいる(元ダマ?)」
「パラレルワールドの私は世界分岐線ごとに元ダマがプレイして確保しているセーブデータのようなもの」
「プレイヤーはゲームに没頭して我を忘れてしまう。そのため、守護霊のようなサポーターがついている?」
 実感はありませんがこんな思いがここのところずっとしていました。
 私は操作されるデータの積み重ねにすぎなくて、ただプレイヤーが『私というキャラクター』を熱意と集中をもってプレイしているからたまたま命が宿っただけのものなのかと思ったり。

 五感で感じる全ては作り物なのかもしれないと、そんなふうに思うようになったせいか、本日このような感覚を得たのかなという気がしています。ゲームだったと思い出したら没頭感が薄れた、というように思えます。
 突き詰めて考えると切りもなく、またそのエネルギーもないため、こんなことを思いそしてこんなことがありましたというご報告だけさせてください。

 ゲームだという思いは的外れな部分があるものかもしれませんが、今日の体験は私ごときの祈りだけでこんな境地に連れてきて頂けるのかと感動いたしました。
 宇宙全史と出会って1年とすこし、なんだかここまでペースが早い気もしますが、私の集合魂の仲間には真面目に修行してくれたかたがいたのでしょうね。ありがたいことです。今は私のターンなので、難しいことは出来ませんがひたすら祈ろうと思います。
 あの静けさは入口に過ぎないでしょうから、あまり浮かれず進みたいとも思います。
 ありがとうございました。

2020・10・10

あゆく様

「私の集合魂の仲間には真面目に修行してくれたかたがいたのでしょうね。ありがたいことです。今は私のターンなので、難しいことは出来ませんがひたすら祈ろうと思います。あの静けさは入口に過ぎないでしょうから、あまり浮かれず進みたいとも思います。ありがとうございました」

●とてもいいご報告でしたね


虚空蔵55