HOT・Bは1983年~93年に活動した日本のゲームメーカーである。卓抜な発想と果敢な行動力で多彩な作品をリリースし、近年はファミコンの怪作「星をみるひと」がNintendo Switchで復刻されて話題となった。

今年2023年、このNintendo Switchでリリース間近とされるHOT・B作品が存在する。1992年発売されたメガドライブ「鋼鉄帝国」がそれだ。タイトル名は「鋼鉄帝国 STEEL EMPIRE クロニクル」。(HOT・B1991年ファミコン作品「オーバーホライゾン」が併録予定)

「鋼鉄帝国」は日本初のスチームパンク・シューティングゲームと称される。スチームパンクとは、18~19世紀の産業革命時代、主に蒸気機関を動力とした頃の世界をフィーチャーし、当時の人々が思い描いたであろう未来のテクノロジーなどをとり上げたSFの一ジャンルのこと。これをシューティングゲームという形で描き切ったメガドライブ「鋼鉄帝国」は静かな深い反響を呼び、数度の移植を経て今やメガドライブを代表するソフトのひとつとなった。

前回はこの「鋼鉄帝国」の制作全体を概観したが、今回はその特別編として、グラフィック担当者の証言をもとに、高い評価を受けるビジュアル面の制作現場に迫りたい。

一 空想科学のメカの模索

「鋼鉄帝国」は、HOT・Bの企画の中核的存在だった栗山潤をエグゼクティブプロデューサーとし、栗山の世界観のもと若い作り手たちがこぞって力を発揮した。グラフィック部門のメンバーは初谷諭、西健介。HOT・Bのシューティングゲーム「中華大仙」に憧れて入った初谷は、主にメカ全般を担当した。西は主に背景全般とイベントデモ、エンディングを担当、ほかに大きなキャラ物、浮遊城や母艦、ロケットボスなどを手掛けた。

またコ・ディレクターとして佐武義訓が機能面からグラフィックに関わった。レベルの調整、軌道の指定、ギミックのアイデア等からのデザインへの関与は大きい。佐武はステージの地形や障害物などのマップ作りにも携わった。

背景のデリケートな調整・制御に特に尽力したのは、HOT・B開発セガ発売のメガドライブタイトル「クラックダウン」にも参加した外注プログラマーの遠藤だった。背景の横ラスターを用いた多重スクロールのこまかな調整、背景グラフィックを区切って各部位の表示優先度を変える制御、ガタつきのないスクロール速度の実現など、遠藤の手腕は諸方に光っている。

さて「鋼鉄帝国」の物語で、勇敢なシルバーヘッド共和国は、世界征服を目前にした軍事大国モーターヘッドに抗して立ち上がる。かれらの飛行機は高速の鳥型戦闘機エトピリカ、耐久力と攻撃力にすぐれる飛行船ゼッペロン。奇跡の素粒子吸収発雷爆弾イマミオサンダーを希望の光として、帝国モーターヘッドに戦いを挑む。ほかに蒸気で爆走する装甲機関車や悲劇の飛行空母ラインハルト、モーターヘッドの力を象徴する動く浮遊城、巨大戦艦などが次々登場し、全編メカで埋め尽くされる。

A·G・フルカンBW321 シャルンホルスト

フィーゼラーFi100
ゲームグラフィックでは視認できなかった兵士の姿が確認できる。

A・G・フルカン BW109グスタフ
1面スタート時から登場する敵機は翼を羽ばたいて飛行していた。

メカ担当の初谷諭は図書館にかよって第一次大戦などの資料をあさった。19世紀の動力だからジェットエンジンは使わない。プロペラをそれぞれに取りつけ、ピストンの往復運動を用いるレシプロエンジンや推進剤を活用した。また大原則としてレーザーは使わない。光線弾は描かず実弾にこだわり、トゲのついた物理弾、鉄塊や岩石なども飛ばして古さを強調した。途中、敵からサーチライトで照らされる演出もあるがこれも光の出元は探照灯で、攻撃や光源にレーザーの表現は決して使わなかった。

飛行船を硬式にする軟式にするかでは悩んだ。気嚢を外殻で覆う硬式がより戦闘向けだとは思いつつ、視覚的に伝わりやすいバルーン状の軟式を選択した。とはいえ初谷はメカ全般を「絶対飛ばないでしょ、と思われるように」描くことを確信犯的に選択していた。レトロと超技術をつなぐ虚構性こそが、プレイヤーに「空想科学らしさ」を感じさせるだろうと考えたのだ。

A・G・フルカン BW220D型 グリュンヘルツ

ヘリゴラント級 ウェストファーレン

A・G・フルカン BW322ヘッツァー
後半の敵機はより重厚かつ近代的な姿になっている。

さらに資料を博捜する内、初谷は不思議に惹かれる文様と出会った。第一次大戦後期、ドイツ空軍で使われたローゼンジ迷彩である。ローゼンジとは菱形の文様のこと。ドイツ軍は敵の視認を避けるため多角形のパターン模様の迷彩で自軍の航空機を彩った。こうした戦場の色使いに、初谷は機能よりロマンに近い心性を感じ、カラーパターンの参考とした。

のちに初谷は宮崎駿の作品にもこのローゼンジ迷彩があるのを知った(『月刊モデルグラフィックス』所載「宮崎駿の構想ノート」)。宮崎アニメはしばしば飛行を大きなモチーフとし、ノスタルジックで空想科学的な飛ぶ道具を登場させる。1986年『天空の城ラピュタ』はスチームパンクの先行的存在だが、当時ラピュタもどきのアニメ作品も出ており、むしろ初谷はそこから離れることを意識した。だがナウシカ、コナン、カリオストロの城など宮崎アニメの存在は絶えず初谷の念頭にあった。「鋼鉄帝国」4面、中ボスの飛行艇は『未来少年コナン』のギガントから来ており、短い砲身などにその影響がある。「鋼鉄帝国」で初谷のめざしたノスタルジックな超技術は、親近感と虚構性を備えた宮崎世界に其処此処でつながっている。

二 タイルパターンへのこだわり

ローゼンジ迷彩も含め、色は常にグラフィック陣にとって大きな課題であった。メガドライブで使える色は512色。しかもカラーパレット64色しか同時表示できない。16色1セットを1パレットとして4パレットだ。システムに1パレット、敵に2パレット、背景1パレット。初谷と西の間ではしばしば色の争奪戦が起きた。

当時の一般的な出力環境だったブラウン管テレビは、しばしばドット絵の色の境界をにじませてしまい、そのにじみをひとつの効果として計算に入れる者も多かった。だが初谷の描いた体力ゲージまで虹色ににじんで見えたのは想定外の事態であり、この場合にじみは必ずしも狙った効果ではなかった。

西は、他のメガドライブのゲームはしばしばコントラストの差が付きすぎて「パカパカしている」と感じた。そして「パカパカを極力出さないよう、色の輪郭のジャギをはっきり出さず極力なめらかになるよう」心掛けた。その分描かねばならない数は増えたが、それでもなめらかな色合いに執着した。

そのなめらかで自然な奥行きを表現するため、西はタイルパターンにこだわり抜いた。タイルパターン、すなわちドット絵の色の配置であり、色の隣接でデリケートな効果を作り出す。画面にレトロな重厚感を与える「鋼鉄帝国」の中間色の多さは、この技量の駆使をまず示すものだろう。

タイルパターンで綺麗に見えるものは限られる、西はそう考え、パターンを研究して組み合わせによって深い効果を引き出した。「鋼鉄帝国」1面の空は密度の異なる複数のパターンが組み合わせられ、見事なグラデーションとなっている。空気はレイヤーごとに濃淡を調整されて遠近法的にあらわされ、一方、レールなどの金属は比較的強いコントラストで建物などとの質感の違いをみせている。

また2面の坑道内、闇と薄明が交互に登場する部分で、薄明は黒と透明のドットを交互に打ったメッシュを掛けて表現された。こうしたパターンの駆使は、背景のみならず全編に及び、初谷は色の点滅でタイヤやキャタピラなどの駆動を表現してメカが動いているようにみせている。1フレームおきに表示と非表示をくりかえして描く点滅表現は、プロペラや煙などの半透明の表現にも活用された。クロスドットはまた埃や油、銅板やリベットの凹凸の表現などにも多用され、つるっとしたSF物でない「鋼鉄帝国」特有の感触を作りあげた。

空のグラデーションを表現する為複数のタイルパターンを組み合わせている。

タイルパターンを用いた装甲表面の質感表現。

メカの初谷、背景の西、両者に共通するのは、仕事の原点にPC―8801向けゲームの製作経験をもつことだった。デジタル8色でゲーム画面を作成するという制約は、おのずとタイルの多用を必然とする。ドットで別の色を隣り合わせて混色の効果を狙い、存在しない色を作り出す。それはファミコンやゲームボーイでこの世界に参入した者とは異なる、またもともとメガドライブの環境があった者とも違う、本質的に初谷や西の世代が最もリアルとする手法であった。

打ち合せで特段のすり合わせもなかったとふたりは口を揃えるが、背景とメカ、別々の個性が統一感ある画面を生み出せたのは、こうした共通点のもたらした面が大きかったろう。 

西は語る。タイルパターンはブラウン管でモアレやチラツキを起こしやすく、歓迎されない向きもあった、と。だがそのタイルを駆使した西と初谷のドット表現は、メガドライブ「鋼鉄帝国」でそれまでのHOT・Bにはなかった独特の風合いを実現し、新しい世界を切り開いたのだった。

三 近代化してゆくメカ

モーターヘッド帝国に食い下がるシルバーヘッド共和国は、ラール鉱山奪回の戦いや帝都急襲、浮遊城の戦いなど数々の激戦を経て、帝国の力に追い詰められながらも進み続ける。

初谷えがくモーターヘッドの兵器は徐々に近代化していった。かれらは戦闘機の操縦席に透明な円蓋のキャノピーを付け、良好な視界を確保し始めた。また少しずつ内製のエンジンを用い出し、プロペラやレシプロエンジンを引き離す動力を操るようになる。「前半はロマン、後半はテクノロジー」と語る初谷は、敵のメカにこまかな進化を遂げさせて、近代化する軍事大国の圧倒的な力を示し、ロマンがテクノロジーに打ち負かされてゆくさまを表現した。

母艦ラインハルトを撃沈され単騎となったプレイヤーは、ラスト、モーターヘッド帝国の最終兵器を追って宇宙空間へ飛び立ってゆく。それは19世紀SFの金字塔ジュール・ヴェルヌ『月世界旅行』へのオマージュであり、同時に、科学空想のロマンが近代のテクノロジーの前に生き延びるか否か、「鋼鉄帝国」グラフィック陣がプレイヤーに向けて発した問いかけなのだ。

四 まとめ

「鋼鉄帝国」は、HOT・Bの企画の中核である栗山潤が、真正SF狂としての世界観を示し、そこに若いスタッフたちの才能が応えた作品であった。そのビジュアルはいまだに高い評価を受け、日本初の本格スチームパンクゲーム作品の名をほしいままにしている。またこの作品は、米国では「STEEL EMPIRE」、欧州では「EMPIRE OF STEEL」として海外展開され、特に欧州圏での反響が大きかったという。Nintendo Switch版の発売も待たれる現在、このグラフィックの現場の声を届けることは大きな意義をもつだろう。

次回からは、メガドライブと並行して発売されたHOT・Bのタイトルを取り上げつついよいよ終盤をめざしてゆく。当時のファミコン、ゲームボーイなど任天堂ハードでのHOT・B作品の展開を概観したい。