〝何者でもなくなっちゃった〟人達へ。黒田硫黄『大日本天狗党絵詞』

ふたたびこんにちは。 これを書こうとして画像を撮るために自分の部屋六畳なのに1巻探すのに2日かかった中野店コミックスタッフ白石です。今回は、自分にとってすごく切ない漫画であるこちらを紹介します。 講談社/黒田硫黄『大日本天狗党絵詞』 旧装版全4巻・新装版全3巻  いおう-1 160208-新装版_R_convert_20160207200242 登場人物は以下の通り、主人公はシノブ(住所不定無職22歳女性)。 160208-画像1_R_convert_20160207193606 160208-画像2_R_convert_20160207193655 で、彼らは〝天狗〟。口から出入りするカラスが本体であり、長い年月を生き、「雲踏み」と呼ばれる方法で空中を闊歩し、賢く尊く、住所不定無職なので弁当のゴミをあさったりする。コンビニでバイトする人もいる。古物商を営んでたりもする。あと、カラスの姿のまま猫に襲われたりもする。かつて人々に畏れられた伝説の〝天狗〟であることを自覚したうえで、人間社会の片隅で息を潜めているのが現代の彼らなのです。 主人公シノブは、自称・師匠のもとで15年過ごしている見習い天狗。まだ口からカラスを出せない程度の能力。そんな彼らがちょっとしたきっかけで仲間を集め、徒党を組み、超常なる力を以て史実のごとき天狗の威厳を再興しようと試みるのがこの物語。 構造としてはジブリの『平成狸合戦ぽんぽこ』になんとなく似ているのですが、もっと哲学的かつ形而上的というか…その、そもそも存在と認識と名前とは何なのかという…説明し辛い部分へゆるっと踏み込んでいく話です。 ほんとに説明し辛いんで敢えてあっけらかんとしたシーンを貼りまくろうと思います。これみよがしに順不同。 160208-画像3_R_convert_20160207193731160208-画像4_R_convert_20160207193806 160208-画像5_R_convert_20160207193836160208-画像6_R_convert_20160207193926 一応注釈つけますね。左上、Z氏の首が転がってく場面。右上、師匠が天井から偵察する場面。左下、みんなでテングの恰好をして探し回る場面。右下、シノブが水を差す場面。なんかこう、シュールさと洒落っ気と気味わるさが瓶の底で入り混じるような雰囲気でしょう。ベタが多くて画面は暗いのに始終カラッ風が吹き抜けていて、軽妙な語り口なのも滋味に溢れてじつにスルメ。続いて特に深い意味はないけど「イイな!!」と思ったシーン。 160208-画像7_R_convert_20160207194520 160208-画像8_R_convert_20160207194626 160208-画像9_R_convert_20160207194719 上、雨の中の寺。単純にこの絵すごくないか?全部タテ線だぜ。 中、超好きな擬音「プュン」、寂れた民宿のテレビの音って…こんな感じだよねー…!! 下、天狗とカラスだけあって、けっこうパノラマ描写多し。粗い描画の割に実はスケール感の説得力が半端ではない。 では、少し内容いきましょうか。 160208-画像10_R_convert_20160207195123 160208-画像11_R_convert_20160207195724 シノブは小学校の入学式を抜け出して師匠に出会い、以来天狗をやっている日々です。なのに自分がいなくなったはずの実家には15年後も同じ名前の「しのぶ」がいる。そのニセの存在を作ったのが、しのぶと弟としのりの面倒を見る叔父・高間教授(画像下)。この人が弟子の天狗に泥人形を作らせ、その「しのぶ」を守ることを至上主義にしています。まずその愛し方の度が過ぎてて正直気持ち悪い。しかも天狗のシノブの方は師匠と一緒にいるもんだから、我に返って俯瞰してみると、齢四五十のおっさんがふたりして二十やそこらの女子を取り合ってるハナシなのかこれは?と思ってしまっても致し方あるまい。まぁ……実際そうだ。 んでこの天狗なのですが、いわば人を辞めてしまった人、社会との齟齬・違和感・もしくは執着のなさなどからふらりと道を外れてしまった人たちを指すのです(物理的にも精神的にも)。上の入学式の場面で、幼いシノブは先生のぎこちないことばと無邪気な視線にいたたまれなくなり逃げ出します。そうして街のどこかで吹き溜まって生き永らえたのが現代の天狗であり、彼らが昔のような尊厳を取り戻そうと組織した大日本天狗党は、その立ち位置から発せられた自己顕示欲みたいなものです。先の高間教授はシノブ達と敵対するのですが、「執着を失って天狗になった人々」と「間違った形で生に執着する人間」のコントラストと捉えるとまたなんとも名状しがたい感情が沸きます。 そして天狗党が仲間を増やし、超常的な力で人間社会を捻じ伏せようとする中、若天狗・比良井(ヒライ)のこのセリフがとてつもなくさびしい。 160208-画像12_R_convert_20160207195757 例えば昔むかし、ある村で「女の子が天狗にさらわれた」としよう。語りの上ではそうでも現実には天狗という人物は存在しないわけで、実際のその子は一人でいなくなった「行方不明者」。シノブもまた、小学校にあがる年に消息を絶った6歳の子供なのです。でもその〝いなくなってしまう〟瞬間に自分なりの意志が介在した者たちが天狗となり、お互いに自称し合うことで存在を保っていたというのがほんとのところでした。 しかし終盤にまさかの超展開、鳥とも人ともつかぬテングなる生き物が、実際に捕獲されてしまいます。 160208-画像13_R_convert_20160207195850 これね。やたらでかくて生足で…変な…何これ??もう…っていう。とにかく、伝説ではなく生物学上の生き物が見つかってしまったことで、彼らのアイデンティティは雲散霧消。実在しないからこそ名を借りて胸を張っていた「天狗」を返上せざるをえなくなり、じゃあ我々は誰なのだと。そのショックで自分を見失い、ただのカラスになってしまう仲間が続出します。 もうこれ以上はネタバレ過ぎるので伏せますよ。ええ。 最終的に、自分から道を外れた彼ら天狗が求めていたことは、ひょっとしたら〝誰かに名を呼ばれること〟だったのかもしれないなんて思ったらあまりにも切ない。シノブも他の仲間も、なんらかの方法で人間の日常に戻りかけるタイミングはあるのですが、本来あるべき姿でなくなっては帰る場所にも戻れないのです。 160208-画像14_R_convert_20160207195947 160208-画像15_R_convert_20160207200053 さっき核心を突いたコトを言った比良井が、公衆電話の受話器を置くこのコマ。そして電車を背景に白いカラスが飛ぶ場面。物悲しいではありませんか。これでも物語の本筋にあるドンチャン騒ぎにはまったく触れてないので、何をどうしてこのシーンになっていったのかはコミック読んでね。さて、ここまで連ねてきて「絵柄も話もちょっと…初見にはハードル高いかな…」とか感じたらいやあの大丈夫です、スクエニガンガン大好き高校生でもかなり普通に読めますし(実体験)、アドベンチャーよろしく列車の上で戦うシーンなんてのもあります。しかもかなり恰好良いという。 ラストに自分が一番好きなこの場面を貼って逃げます(ちなみにこれストーリー上の最後のセリフです。渋すぎる)。 160208-画像16_R_convert_20160207200143 ではまた。 (中野店/白石) 黒田硫黄の作品一覧はこちら ★★この漫画を読んだ人はこんなものも読んでいます★★ ナワバリ争い+空中戦=鉄コン筋クリー 枠の外+観察者=ヨコハマ買い出し紀行 異形+語り手=蟲師

中野店 白石

1週間のアクセスランキング

  1. まんだらけ | サーラの本棚 - 異世界風俗情報発信『異種族レビュアーズ』(124PV)
  2. まんだらけ | サーラの本棚 - これは、パンストフェチ覚醒漫画なのか?(69PV)
  3. まんだらけ | サーラの本棚 - 初版本ってオタク心をくすぐりますよね。桂正和「電影少女」を紹介します!(45PV)
  4. まんだらけ | サーラの本棚 - 島耕作のラストセックスを探れ!(43PV)
  5. まんだらけ | サーラの本棚 - 「ゴルゴが敵の彼女を強姦、それを録音再生して敵を射殺する回」と僕の友人の話。(37PV)
  6. まんだらけ | サーラの本棚 - 十代の衝撃!!ぶっ壊れる日常「さくらの唄」(31PV)
  7. まんだらけ | サーラの本棚 - 仔牛の肉の味とは...「まんが サガワさん」(30PV)
  8. まんだらけ | サーラの本棚 - 島耕作シリーズのこの人の死に方がスゴイ! その②(28PV)
  9. まんだらけ | サーラの本棚 - 島耕作シリーズのこの人の死に方がスゴイ! その①(19PV)
  10. まんだらけ | サーラの本棚 - 「島耕作」のアフターストーリーを読め!その①樫村翔太(18PV)
  11. まんだらけ | サーラの本棚 - 全女体化スキーが泣いた!『ボクガール』(17PV)
  12. まんだらけ | サーラの本棚 - けっこう仮面の進化形は顔なんて隠さない(15PV)
  13. まんだらけ | サーラの本棚 - 【シロかわいいよ】デッドマンワンダーランド【シロ】(14PV)
  14. まんだらけ | サーラの本棚 - すべての変態へ愛を捧ぐ。猟奇刑事マルサイ。(14PV)
  15. まんだらけ | サーラの本棚 - 思い出すんだ、小銭を握り締めてゲーセンに通い詰めたあの日々を…(12PV)
  16. まんだらけ | サーラの本棚 - 「BASTARD!!-暗黒の破壊神-」(萩原一至)の9巻と18巻のVer.違いってご存知でしょうか?(12PV)
  17. まんだらけ | サーラの本棚 - 島耕作シリーズのこの人の死に方がスゴイ!その③(12PV)
  18. まんだらけ | サーラの本棚 - 「私だってその気になれば」(11PV)
  19. まんだらけ | サーラの本棚 - 蛭田達也、数年ぶりの近況報告(11PV)
  20. まんだらけ | サーラの本棚 - ブラックジャックアンソロの種村有菜がヤバい件(11PV)
  21. まんだらけ | サーラの本棚 - ☆ネタバレ注意だけどネタバレ読むと気になって小説読みたくなる☆ 山下いくと著 エヴァンゲリオンANIMA ☆画像あり☆(11PV)
  22. まんだらけ | サーラの本棚 - 新田たつお先生の濃いインタビューを掲載「静かなるドン 完全データブック」(10PV)
  23. まんだらけ | サーラの本棚 - 画太郎先生まさかのガールズ☆冒険ファンタジー作品「ミトコン」「ミトコンペレストロイカ」(9PV)
  24. まんだらけ | サーラの本棚 - 今最も渋くて熱い男がコロコロコミックにいる(9PV)
  25. まんだらけ | サーラの本棚 - 人類には早すぎたフェチまみれSF、林崎文博『ガブメント』(7PV)
  26. まんだらけ | サーラの本棚 - はじめてなのに見覚えがある...?安彦良和「アリオン」(7PV)

白石と同じカテゴリの記事

最新の記事
荒木飛呂彦の読切はスマホ片手に奇妙な事件~岸辺露伴は動かない2巻~

以前にジャンプ作家読切のオススメをさせていただきましたが、久々にまた読切作品の良作に出会えたのでご紹介いたします。 荒木飛呂彦「岸辺露伴は動かない」2巻 話は過...

宇都宮店 滝田

手塚治虫は劇画を描いたのか?

宇都宮店コミック担当の福田でございます。今回紹介する本は、小学館クリエイティブから発行された手塚治虫劇画作品集「花とあらくれ」です。 貸本短編誌に手塚の名前を目...

宇都宮店 福田

原画展も舞台も関西にも来てくれーーーー!!

東京も行くけどねー!!!! 心の叫びが駄々漏れですが今回は30周年で盛り上がりを見せる藤田先生の「からくりサーカス」! 何を話してもネタバレになりそうで怖いで...

うめだ店 内山

初版本ってオタク心をくすぐりますよね? 鳥山明「Dr.スランプ」を紹介します!

こんにちは!サーラの樋口です。 今回、ご紹介するのは「Dr.スランプ」(鳥山明)の初版と重版分の修正箇所についてです! 「Dr.スランプ」は版権問題や、自主規制...

サーラ 樋口

モノ作りは楽しいゾ! DIY漫画の最前線、横山知生「ボクと師匠の秘密工房」

モノ作り、って楽しいですよね? 面倒? その過程もまた楽しいものなのですよ。   というわけで、苦労も楽しいそんな自家中毒気味な趣味、DIY(Do It You...

うめだ店 山本

狂っているのは誰?

今回は誘怪犯などの代表作で知られているホラー漫画家の洋介犬先生の 外れたみんなの頭のネジの紹介です。始まりは主人公のミサキが街に住む住人の異変に気付くところから...

コンプレックス 小林

咲-Saki-を生み出した小林立が主人公の麻雀漫画界バトル漫画!?

今回は超能力麻雀バトル履いてない巨乳女子高生漫画(?)の咲-saki-の番外編(???)である立-Ritz-の紹介です! お久しぶりです。名古屋店の山田です。麻...

名古屋店 山田

夢女を量産する女

 リズブルーバードしてきました。 本編未視聴だったので二の足を踏んでいたのですが、あまりに周りから話が流れてくるので我慢しきれず行ってきたのですが・・・ 冒頭か...

渋谷店 田名部

この職場楽しそうだな。

こんにちは。今回はこちらを紹介します。    講談社 蜷津直 センチレンタル少女  レンタルショップで働く少年少女の日常の1コマを数多のシュールでしょうもないギ...

コンプレックス 山田

個人的に実写化希望!犬犬犬!!

あ~夏来てんなぁ~って感じになってきましたね。 1ヵ月ぶりです。山崎です。 雨が多くなる季節ですが、気持ちは晴やかに行きたいものですね。 またしてもネタに迷っ...

うめだ店 山崎

コミック通販