「なじらね」用法に代表される新潟弁マンガ

前回のブログで「よろっと」という単語を使いましたが、これは新潟弁のひとつです。「もうそろそろ」、とか、そういう意味ですね。「捨てる」を「ほかす」とか「投げる」といったりするのと同様の、元ネタとは微妙に音韻が異なっている方言のひとつですね。

わかりやすい方言、たとえば関西弁のマンガはたくさんありますし、その中でもネイティヴに近い発音や、関西人の生活感覚を表現したマンガもあります。さらに分岐して京都弁マンガもありますし、ごくごくわずかながら名古屋マンガ、北海道マンガ、博多マンガもあるのです。不良マンガ中心に、広島弁マンガもありますよね。

ただ、意外に東北弁のマンガというのは少ないし、坂本竜馬がらみじゃなく一本釣り系でもない土佐弁マンガとか、北陸コトバが出てくるマンガというのもほとんどきいたことがありません。

僕の故郷である新潟も、そう考えてみると、新潟が舞台のマンガというのが少ないためにあまり見かけませんが、新潟の場合はもとより就職・進学で首都圏に出て行くつながりがあるからか、出身マンガ家が少なからずいるため、作中になにがしかのかたちで新潟弁が登場することがあります。
で、これはやはり自分がそうだからでしょうが、幼い頃からなんとなく登場シーンは忘れられません。おそらく自分が覚えている限りでも10以上はあるはずですが、軽度から重度までかるく紹介してみましょうか。

もっとも最初期に「新潟弁」というものが東北とかのコトバとはべつにあるもんだよ、ということをマンガで表現したのが、魔夜峰央「パタリロ」です。


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覚えている人もいるかもですが、パタリロが「えんぞの掃除を忘れてるんじゃないか」とタマネギに振るが誰もわからない。そこで「えんぞって方言だったのか!」というネタになるんですが、「えんぞ=側溝、ドブ」、というのは、これは新潟市民としても相当に土着民・・・というのは言い方が悪いかしら。ネイティブスピーカーでしか使わない単語なんじゃないかと思われます。
新潟弁の特徴としてはまず「だからさ」→「だっけさ」→「だすけ」というような変化のもとに、「だすけ」が語尾に来ること。「だすけ」は使わなくとも「だっけさ」はけっこう、若い子でも方言と思っておらずフツーにつかっていることが多いですね。

もうひとつが「だわ」が「らわ」になるように、「ら」言葉になること。たとえれば「そうだね」が「そらね」になるカンジです。この魔夜峰央地震が「日本初の」とうたったように、この初出の段階で特徴をほぼ完璧に捉えられているのはポイント高いですね。


うちは親が山形と茨城、もとは転勤組で、住んでたのも新潟駅南の転勤族が多い町だったので、親も周囲もほぼ標準語。僕が新潟弁を覚えだすのは地元の子が多い中学校に通ってからとやや遅めです。

余談ですが、駅南の南笹口・鐙あたりと栗ノ木川を挟んだ向こうの沼垂・木戸あたりではわずか1キロも離れていなくとも文化は大いに異なり、笹口小学校に通ってたころは祭りといったら夜店がたくさんでる「蒲原まつり」のことでしたが、沼垂民にしてみれば祭りといえばハッピを着てねじりハチマキ、道端にはこもかぶりの酒樽が置かれ、町ごとの喧嘩灯篭をブッ突けあう「沼垂祭り」の荒っぽい男伊達の世界であって、これはただひたすら民謡を踊り狂うだけという「新潟まつり」、夜店が大量に並ぶだけという「蒲原まつり」といった穏やかーな新潟市民気質のなかにあり、比べると大変に荒々しい祭りではあります。東北気質の中に突如江戸っ子魂が発露したようなもので、あれは今にして思えば異端でしたなあ。
しかしその地元意識の強い沼垂民でも「えんぞ」は訊いたことはないので、今は廃れたか、古老のみが使う言葉かもしれません。ドブとか側溝ってのもなくなったしね。

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つぎは高橋留美子「めぞん一刻」から。五代くんの実家は新潟、その新潟から孫を心配してやってきた祖母がネイティブという設定ですね。ばあちゃん言葉としてかわいらしく描いてて実にいい。
実際、新潟弁というのはある程度歳のいった女性が話していてこそサマになる言葉というか、面白みがある言葉で、特にご老体の言葉遣いは聞いているだけで和むものです。「ゲヘヘ」とか笑わなければの話ですが! おばあちゃんだと、正直、何を話しているのかわからないことすらあります。

もともと高橋留美子といえばラムちゃんのことば「だっちゃ」は、あれは佐渡弁なのです。佐渡弁は新潟弁ともまた違うのでややこしい。新潟弁といっても、中越上越は言葉遣い違うとも聞きますし。新潟県がタテに異常に長いせいか、文化圏が異なるわけですね。

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次はというとやっぱり出身者による「Whats Michael?」。小林まことも自身を投影したオッサンキャラ「コンバヤシ」がクソまずくてネコも食わないキャットフードメーカー「モーニングキャット」の社長で出てきて「でひゃひゃひゃ」と笑いつつ下品な方言を使うシーンがあるのですが、そう、先ほども触れたように、オッサンの新潟弁はなんか下品になりがちなんですね。

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初めて見たときにはこのコンバヤシのプールから出てきたときのこの顔で大爆笑したんですが、やっぱ今見てもメチャクチャイイ! クソくだらないですよ! そしてこのクソくだらなさこそがマンガでしか出来ないんだろうなあって。これ、実写でもアニメでもここまでは面白くならないもん。

で、ここから10年以上たち、ほんとうのネイティブスピーカーが登場するんですが、それが意外や意外、オシャレ層からの刺客でした。魚喃キリコさんです。

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以前も紹介したのですが(詳しくはココをご覧下さい)、清心女子とか、赤塚とかの西新潟のあたりの空気があって魚喃キリコの「Blue」は最高。内容的にも最高ですし、全新潟市民必読必涙のマンガといえます。僕3冊持ってます!って、それはダメだね!

その10年のあいだにも新潟出身の作家はたくさん出ていますが、地元でも活躍してる古泉智浩とかではそういった言葉の表現あったかな?という気もしますし、作中の登場人物のほとんどが新潟の知名にちなんでる「るろうに剣心」の和月先生も方言は使ってなかったように感じます。山田芳裕はあったかななかったかな?ですが、もともと方言を重視する作家さんだけに、新潟弁が特別に扱われていることもなかったのではないでしょうか。あとは安田弘之に微妙にあったような気もする。近藤ようこはなかったが、高野史子にはあったかも・・・。

で、今回の本題ですが、もっとも作品に密接に新潟弁が出てくるのが杉作さん。

杉作さんといえば大傑作「クロ號」で、可愛いだけじゃないノラネコのシビアな世界を描き、生命のいとおしさと、叙情と、生きてく哀しさを表現。あらゆる猫マンガの中でもっとも泣ける作品となってて、特に最終回は特筆にあたいする出来栄えだったと記憶しています。

この杉作さんがいま、介護マンガ「かあちゃんといっしょ」を連載してて、これがまた毎号泣ける。前号は2回泣いてます。休憩中に読まないほうが良いし、電車の中でも読まないべきマンガとなってます。

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断じて「ひさしぶり」ではなく「ひさーしぶり」なのです! イントネーションのこだわりは魚喃キリコさんもですが、より口語体に近いのは杉作さんのほうかもしれません。

で、このマンガは新潟弁が作中に「なくてはならない」物となっていて、地方でいきていくこと、地方での共同体の崩壊の序章や、それでもまだ生きている「縁」、そして杉作さんの作品に共通する家族の喪失が「地方民」の記号としての方言なしにでは完成し得ない表現になってます。この作品が新潟弁以外の方言で描かれていても悲しみは変わらないと思うのですが、標準語で描かれていたら異なった感慨になったでしょう。

この作品の中には本来説明が必要な方言ですら、説明がされていません。「なじらね」は「どうかね」といった意味ですが、ここが「なじらね(どうですか)」となってたら、それは表現の崩壊なのです。

「じゃりん子チエ」は関西弁抜きにしては語れず、「釣りキチ三平」も秋田弁なしには成り立ちません。「女神の鬼」も広島弁があるから、あの怖さや感情の起伏が表現できています。同じ広島弁で、「看護助手のナナちゃん」では病・患者と家族・そして看護婦とのかかわりのなかでギリギリの人とのつながりを見せています。


いままでのマンガはどこかギャグとしての新潟弁(聞きなれないコトバとしての)でしたが、表現したいものの中に方言が内包されたものが完成系、という形にまで昇華できたのは杉作さんだけでしょう。

ただ、そういったマンガとして考えずに、まずは「クロ號」を読んでほしいし、「イブニング」で「かあちゃんといっしょ」を読んでほしいです。
同時期の講談社系が、「チーズスイートホーム」でただかわいいことに特化したネコを描き、「プーねこ」でネコギャクを描き、ネコマンガを数々出していたものの、その中でもっとも地味だった「クロ號」が恐ろしいまでの完成度を持っていたことを、知る人は実に少ない。「クロ號」も新装版が出て手に入りやすくなりました。旧装版で最終回読みたさに最終巻を探し続けてきた人にはいいニュースです。

中野店 岩井

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