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回答・メッセージ

虚空蔵55

2012/5/21 No.230

これは右のNo1545に対する回答です

始めにお断りしておきますが、私はこれまでに一度たりとも「私の教えに従いなさい」とか「私のいうことが一番正しい」「いうとおりにしていれば救われる」というようなことはいっておりません。
それどころか「私は救世主ではない」と主張してきたはずです。
ただどうも(私の意に反して)そういう立場に追い込まれつつあるのかもという感じはあるのですが、それは私にはとても荷が重いのです。
その理由を書いておきます。

@最大の理由は覚醒していない
Aそのため皆さんを救う力がない(自分で手いっぱい)
Bそもそも私の集合魂は、そういうふうに出来ていない

大体この3つが主な理由ですが、このBがいかにも怪しいのです。
それが非公開情報5でずいぶん明らかになりましたが、それでも地球人類の歴史開闢(かいびゃく)以来、裏舞台を司ってきた私たちですから、まだまだ未知の部分が隠されているような気がします。
そして現状では(この先もですが)皆さま(私も含めてですが)の行き着くべきところ、その手段、その在り様を五井先生という方にお任せすることにしたのです。

非公開情報5では月読の大神から「いわゆるあなたたちの表明する邪悪という感覚・・・その一部を請け負ってもらっている」というお言葉がありました。
「邪悪」にも色々あるのですが、私たちの請け負った邪悪は、

愚かなもの・愚かなこと・愚かな人に対する憎しみ(のようなもの)を突き詰めて、あぶり出していくことが使命であり、その在り様を「邪悪」と表明されています。
世間でいわれている善悪の悪を憎むという事は、世間の都合で造られた・・・あるいは自分たちの都合のいいようにカテゴライズされた悪を、自分たちの都合のいい形で排除するものですが、実際には絶対的な悪や善は存在しません。
この善悪の問題は、以前からここで色んな方がご意見をお寄せいただいていましたが、実際にはかなり難しい概念で「宇宙全史」第二巻のマレーネデートリッヒの章で明らかにされていきます。
やはりそれは単純な相対論というよりは、今回の宇宙(64回目ですが)における一つのテーマの根幹にかかわる要素でもあったのです。

ここではわかりやすく申し上げてしまいますが、世の中には善悪というものは本来存在せず、もし悪と見えるものがあるとするならば、それを私たち集合魂は「愚かさ」と呼称します。
実は悪は愚かさでさえもないのですが、人間の内にも外にも敵があるとするのなら、それはまさに世界の愚かさであり、自らの愚かさでもあるのです。
なぜ私たち集合魂が世界の愚かさを憎むことが「邪悪」と表明されるのかといいますと、私たちはすべての愚かさを徹底的に暴き出し、人々の前にそれを突き付けます。
その容赦ないやり方は、現代人(特に今の日本人)の好む「なあなあ感」からはけた外れに隔離したものに感じられるはずです。
だからその在り様をご覧になって「情がない」「人でなし」「人間じゃない」等の評価を頂くことになります。
しかし私たちはそこでとどまらず、徹底的に人間を行きつく先まで追い込みますので、それを評してさらに「邪悪」と評されるのです。
そしてその行きつく先とは「覚醒」なのですが・・・

「宇宙全史」第一巻で出て来ました、恐竜人間の持つ形質にやはり邪悪さというものがありました。
そしてその邪悪さを「神から見放されたと感じる寂寥感」から来る自暴自棄のようなものと書いておきました。
彼らの邪悪さと私たちの持たされている邪悪さは異なるのですが、その在り様(道程)は違いますが、どちらも行きつく先(あるいは対比される対象)は、神(覚醒)なのです。

確かに人を教え導くのにも「言い方」というものがあります。
会社を経営していますと、やはり出来る人と出来ない人が出て来ますが、そこでどう指導し、教えていくかが問題になりますが、どちらかというと私は「単刀直入」な感じでの指導を好むのです。
もちろんやんわりと、遠回しにその人の出来ない部分をオブラートに包んで、いいところを伸ばしていこうというやり方もありますが(こちらが本流なのでしょうが)、私はそういうまどろっこしいことが出来ないのです。
そういう「穏便」とか「世間体」とか「常識」「人並み」「相手に合わせて指導する」という事にエネルギーを注ぐ方法もありますが、そこに私たち集合魂はこだわらないのです。
テレビなどの討論会を見ていますと、例えば原発の問題にしても、大体10人いたら8〜9人は意味のないことをしゃべっています。
つまりどうしようもない事を政治のせいにしたり行政のせい、電力会社のせいにするだけで、そこから何も突っ込んで行こうという意図がないのです。
その中で一人だけが「東電と行政の癒着」というような本質を突く意見を述べても全く問題にされず、最後はあたりさわりのない世間話のようなもので締めくくられてしまっています。
そして世界は大体そういう形で「あたりさわりのない」「角の立たない」「具体的な問題提起のない」日常を好むのです。
何故なら世界はこのままの延長でずっと続いていくと思っているからなのですが、そうでないことは昨年の東北大震災が教えてくれたはずです。

通常人々はその日常の「あたりさわりのない生活を維持するため」にほとんどのエネルギーを注いでいるため、宇宙の本質を探るためのエネルギーなどどこにも残されていないのです。
そして「あたりさわりのない生活」とは、まさしくここでいつも申し上げている「エゴ」に他ならないのです。
私は世間体も人の目も他人の思いもあまり気になりません。
だから愚かさというものを徹底的に追い込むことが出来るのです。
そしてそれは私自身の愚かさも含めてのことなのですが。

「植芝先生のお言葉で「滅びゆく数々の現象の中の一つではあるね」とあります。トライアスロンの結果は残念でしたが、もし他にも滅びゆかない象徴的な現象があるなら教えてください」

もしそういう現象があるとするのなら、それは皆さま方が世界平和の祈りを何の迷いもなく行じておられる姿なのかもしれません。

「蛍の光」という曲があります。

あれは遠い過去に私が作ったものでした。
この地球的にいいますと、ダーナ神族がいたアイルランドの時でそんなに昔ではないのですが、元々ははるか昔に私たち集合魂が母星を離れざるを得なくなった時に作られた曲でした。
日本語にあるような別れの曲ではなかったのですが、それでもそこには本来あるべき私たちが辿り着く境涯をあえて離れたという一種の寂寞感があります。
私たちは本来「深遠」に行きつく集合魂でした。
しかしある理由から「深遠」により、「深遠」をあきらめざるを得ないような形で地球という星に来ているのです。

その寂寞感がもたらすエネルギーがあなた方には「邪悪」と見えるかもしれません。
しかしそれは人々が別れの時にきく曲・・・「蛍の光」の在り様でもあるのです

この曲は世界中の誰もが知っている曲です。
それがやがて訪れる決着の時に流れることになっていますが、人々の好む別れの曲になるか、それともまた別のものになるのかは皆さま次第なのです。

ある時「蛍の光」が本来別れの曲ではないと気がつき、私がまだアンドロメダと出会う前に作ったその曲の歌詞(6番目ですが)です


一千億光年の 星座を後に

踊りつづけた 地上の日々

夜明けを待たずに 旅立ちましょう

今夜は二人で 旅立ちましょうか


しかしアンドロメダに出会い、月読の大神の指導の下、五井先生、植芝先生の弟子となってしまった今は、夜明けを待たずに旅立つことは出来なくなってしまいました。

私たちは本来「永遠」というものかこまれ、その「永遠」にチャレンジするという幸運に恵まれた比類なき存在です。

その比類なき存在を日々のやりくりに貶(おとし)めているいるものを激しく憎む邪悪さを持つのが私たちなのです

なおUFOに関しましては、そのうち時間が出来た時に詳しく書こうと思っています。
もう少しお待ちください。

虚空蔵55

2012/5/17 No.229

非公開情報5の追補よりも先に、ここの以前の情報の修正がありました。

それは確か私が「原子力発電がないと電力が足りなくて、現状ではやむを得ず存続させざるを得ないでしょう」というようなことを書いておきました(これは上の方に確認しての発言ではありませんでした)。
少し気にはなっていたので本日確認してみますと、

月読の大神「(原発が)なくても電力はまかなえるだろうね」

というお答えでした。
つまり東電や九電、関電等の電力会社は明らかに原子力を必要としていないのに、必要と見せかけている。
その理由は「既得権」「利権」の確保・・・でした。
原子力に関わる関連企業、関連学者(大学の教授などです・あの原発事故の初期の頃に、馬鹿げた発言を次々としていた人たちです)、それにそれらを操る電力会社の管理者とOB、さらにそれを操る官僚たち(政治家も入っていますし、官僚のOBもです)の利権がほとんどすべて原子力関連の事業から生まれる余剰金を吸い取っています。

何故気になったのかといいますと、昨日今日のテレビを見ていますと少し皆さんが気づき始めたという事がありました。
原発事故の時は「どうせみなさんこれまでと同じで何も気づかず、何も手が出せないまま同じことを繰り返すだけ」と思っていましたので、半ばあきらめていたのですが、ひょっとしたらという潮流が出て来始めているのかもしれません。

消費税などは、原発以外にも政治家たちの無数の無駄遣い(あるいは愚かな国策・政策)をやめさせれば、税金のおつりがくるくらい(減税ですね)の日本の国力はまだあるのです。
野田総理は総理戦の時の候補者の中では「まし」なほうの方でしたが、借金国家をますます増大させるだけの愚かな総理の一人になってしまっています。
私は「マスコミがもう少しが頑張らないと」と書きましたが、マスコミの上の方は、やはり利権・既得権者たちとつるんでいる方もおられますので、現実的には皆様方お一人お一人が何らかの表明をしていかないといけないのでしょう。


それにしても世界的に見ても人々は飼いならされたブロイラーのように甘やかされつつ(実はうまくだまされているのですが)、しかし行きつく先は屠殺(とさつ)という運命を甘んじて享受しているかのようです。
ギリシアの経済問題でもそうです。
緊縮政策をやらないといけないのは目に見えているのに、拡大政策を主張する党が政権を取ってしまっています。
ギリシャ国民はそれまで甘い国政で借金で楽な生活をしてきています。
そのツケが来ているのですが、その認識がなく、いまだに楽な生活をしていたいのです。
そこには楽しく働くことで稼いでいこう、自分たちだけではなく世の中も含めて、労働というものを有意義なものにしていこうという認識が欠けています。

まんだらけという会社は漫画・アニメ・玩具等を扱う会社ですから、一見働くのに楽なように見えますが(確かに楽しいのですが)、決して楽ではないのです。
やるべきこと研究すべきことが無数に山のようにあり、日々勉強の毎日です。
弊社はわりと人気があり、毎月大体100人くらいの面接をしています(応募はその数倍あります)。
しかしそこから私たちの仲間になれる方は数%ないのです。
100人面接しても、採れる方は2、3人がいいところです。
その理由はほとんどの若者が「あんたが何とかしてくれ」という甘ったれチャンなのです。
自分ではどうにもできないので、会社で何とかしてほしい、それが当たり前という考え方の人がほとんどなのです。
そしてそれは今の学校教育、家庭教育がそういう形に若者たちを教育(飼育か)してしまっているのです。
ですからこれが上記のブロイラー理論(甘やかされ、しかし行きつく先は屠殺)の典型でもあるのです。

若者ばかりではないのです。
中高年の方々もやはり同じようなものなのです。
日本の医療費・・・保険額は膨大なものになります。
その多くは必要のない老人医療費でもあるのです。
ここで医療問題について書こうかと思っていたのですが、かなり長くなりそうなので後回しにします(いつか書きます)。

非公開情報5の中で植芝先生が「そう捨てたものでもないよ」と仰っておられました。
それは私の4月のワークが失敗して、この世界の分岐点の7月が迫っている時に私が「もうこの世界はダメなんでしょうか」とつぶやいたときにお答えになった言葉です。

果たして人々は「そう捨てたものではない」世界を自分で選択するのでしょうか。
それとも常識に、世の中の大きな潮流に流されるままに、その行きつく先に流れていくのでしょうか。

私はすでに皆様方に何を選択すべきかを何度も何度も繰り返し書いておきました。
しかしいまだに「私はどうすべきなのでしょうか」という質問が来ます。

選択はあなたにゆだねられているのです。

易しい選択ですが、実行するのはあなた次第です

虚空蔵55

2012/5/10 No.228

昨年の10月にニューヨークのマンハッタン上空に明るい白い点のようなUFOが複数大勢の人たちに目撃され話題になりましたが、やがてそれらのものは気球であるとか、結婚式に上げられた風船であるという憶測に紛れて行きました。
しかしその後そのUFOの出現を予告(出現日時を当てています)した本が見つかり、UFO騒動は再燃しています。この本の著者はチャネラーで、予定調和の一つになっています。
ちょっとややこしいのですが、
@マンハッタン上空に現れた光群はUFOであった
Aそれはプレアデス系(主にアメリカ人)の人々(魂)の覚醒を促すためのセッションであった
Bしかし人々の覚醒のレベルが低く、単なる光の点の集まりにしか見えず(覚醒の度合いが高いと、もっとしっかりとしたUFOに見えます・この時マンハッタンにはあまりレベルの高い方がいなかったようでした)、しかもその後お決まりの「風船」や「気球」説に風化されて行っています
Cそこで再度プレアデスの潜在意識を底から揺さぶるために、チャネラーを使って前もって本を書かせています

これはこれから私たちが全世界的な規模の禊(みそぎ)に突入していく前のささやかな緩衝(かんしょう・やわらげるためのもの)事件になっています。
そのため世界中にいるエル派の人たちも、やはりUFOを見るようになっています。
ちなみにプレアデスの見るUFOは丸い形が多く、エル派は楕円形が多いということです(これは派閥の性格によるものです)。
プレアデス、エル派共に「日常性」「怠惰」「常識」等で凝り固まった集合潜在意識の底にたまった澱(おり)をかき混ぜるためにこうしたことが現在頻繁に行われています。

日本での最近の竜巻騒ぎや天候不順もやはり禊で、方向性が出る7月に向けて出来る限りのことはして頂いているようです。
非公開情報5は明日出来上がって来る予定です。
入金のあったからから順次発送していく予定ですので、もうしばらくお待ちください。
なお追加情報がありますので、しばらくしたらここで開示いたします。

宇宙全史に関する質問、ご意見

名前
質問内容

Kazugaki

2012/5/22 No.1547

虚空蔵55様、みわ様 
 日々お世話になりありがとうございます。
 非公開情報5読ませていただきました。「深遠」すぎて直ちに理解できないことも多いですが、繰り返し勉強させていただきたいと思います。
 一点質問させていただきます。分かれ目である7月を間近に控えたこの時期に金冠日食があるというのは、月読の大神様のお働き、ご慈悲と何か関係があるのでしょうか。お教えいただけると幸いです。

2012・5・20
Kazugaki様

理解出来なくて当たり前だと思います。

スポーツに言い訳は関係ないですから、スポーツというカテゴリーですと、あの非公開情報5は単なる言い訳に過ぎないのですから。

長々と言い訳をしてしまい恥ずかしい限りですが、それでもあれだけの大風呂敷を広げたのですから、何らかの説明責任はあると判断したのです。

スポーツ(特に道にかかわるスポーツは特にですが)に常識や世間体、人の情や思いやりのようなものは必要ない(関係ない)と思っていますから、そこにはもちろんいかなる言い訳も入り込む余地はないのです。
勝負というステージに立ったなら、そこにあるのはそのハードルをクリアするかどうかだけです。
私はスポーツの中で「子供のため」「家族のため」とか「お世話になった方のため」「被災地の皆さんに元気になって頂きたい」という発言を好みません。
それはいつもここで申し上げている「非情さ」というものが欠如しているからなのです。
野球やサッカーなどの団体戦にあるようなゲームに近いスポーツには、ある程度それはやむを得ないかもしれませんが、己と向き合うしかないスポーツ道ともいえるジャンルにおいて、そういう生っちょろい考えは恥ずべきものだと思います。

もちろんそれはそういうレベルにある人の問題ですので、そうではなくあくまでも楽しむためのジョギングやスイムといった段階では適応されません。


「分かれ目である7月を間近に控えたこの時期に金冠日食があるというのは、月読の大神様のお働き、ご慈悲と何か関係があるのでしょうか」

今年は2012年という事で、本来なら終末の年でした。
それが現在はとりあえず2038年にまでのびていますが、天体の運行はすでに構築された通りに進行しています(今年は色々そういうものが多いはずです)。
そして金環日食におきましては、それが見られた(現れた)道筋をお調べになるとお分かりでしょうが、日本の場合はその線がとても重要な位置を踏んでいることがわかります。
一つには日本における要所を通っていますし、(地震活動などの)やはり地殻の要所をたどっているのです。
それまで私のワークも不発に終わり、世界はやや破滅に向かっている状況でしたが、この金環食によりそれがわずかですが逆転しています。

それは人々の潜在意識に金環食が天体からの応援(広大な宇宙という存在の確認)というものををしみ込ませています。
私たち(みわと私ですが)にはもう少し上の次元で、太陽系惑星からの強力な引力という形ですさまじいエネルギーを降ろしています。
本当はこの日にみわと私はもう一度山に入る予定でしたが、降りてきたエネルギーが強すぎて、到底山に行ける状態ではなくなってしまっていたのです。

いずれにせよ今日の時点で、人類は滅びのベクトルから極わずかですがアセンションの方に傾いています。
この後まだまだどうなるかはわかっていませんが、とりあえず金環日食のおかげで何とか7月までにめどが立ったのかと思います。
具体的には人々はネガティブな考え方からポジティブな方向にチェンジしています。
すべての人がそうではないのですが、五井先生の祈りを日々ご自分のものにしておられる方は特にその傾向が強いはずです。

さてこの金環食を月読の大神の慈悲ととらえるかどうかは皆さま次第ですが、慈悲は本来ブッダにつながる方たちのカテゴリーです。
月読の大神に慈悲がないという事ではないのですが、どちらかといいますと月読の大神は宇宙の運行を粛々と司っていくというのがお仕事のようです。
その巨大な存在がなぜこの宇宙全史のワークに関わっておられるのかはよくわかりませんが、おそらく私たちの推測をはるかに超えた思惑がそこにはあるのだと思います。

そしてそれはやがてこのワークが進行していく中で、少しずつ明らかにされていくはずです。


虚空蔵55

ペンギン

2012/5/22 No.1546

質問を取り上げていただき、ありがとうございます。
数年前、友達に「他人に質問するより自分で何かしようと思った方が、ずっと有意義だと思うよ」というようなことを言われました。その通りなのですが、やってみても納得はできませんでした。
この掲示板は私には経典にも思えるものですが、そう思ってはいけないということもわかってはいます。
戦士には今現在しかないのだそうですが、その今現在に置く私自身に納得がいかないなら、他の何かから学ぶしかないのです。愚かですみません。
今回の文章を読んで考えさせていただいて、他の価値観に合わせていくのも愚かな行為なのかと思い至ることはできました。

邪悪の先が覚醒とは、驚きました。全史ではサタンの転生が書かれていて、愚かさや負の感情から逃げずに受け止め昇華させようとしていたのだそうですが、そういうポジティブな部分は見習うべきなのでしょうけれど、結局、彼は地獄を形成したのだとか。その様にはなりたくはないので、今回の質問してみました。サタンは自分自身にとらわれがあったそうなので、やはりエゴの克服が課題なのでしょうか。
ポジティブであること、もちろんその前に余計なエゴはそぎ落とすべきなのかと。

今日は金環日食の日でしたが、どのような光が地上に降りていたのでしょうか。
虚空蔵さま、みわさま、お忙しい中、ありがとうございました。
文字化けしませんように。

2012・5・22
ペンギン様

私はこれが一番正しいとはいいませんが、私が考える皆様方に最適の道筋が五井先生だと思ったのです。
他にも人それぞれで好みの道があると思いますが、そういう方はそちらの道を歩まれればいいことです。

ドン・ファンの説く「戦士の道」もサタンの「生き様」もすべては皆さまを覚醒に導くのですが、それには前提条件があるのです。
それがここで常に言い続けております「覚悟」なのですが、ほとんどの方にはそれがありません。
「何があっても、どんなことが起ころうが私はこの道を行く」
「誰に何をいわれようが、世界中が敵になろうとも、私はこれを信じて行く」
この覚悟がないのです。
あっちフラフラ、こっちフラフラで、軸が定まっていないため、何かを少しでも成し遂げる前に台無しにしてしまいます。
だからこそせめて「祈り」という易しい道をお伝えしているのですが・・・

サタンもドン・ファンもはっきり申し上げてエネルギー量がけた違いに大きいのです。
それを手本とするには、皆さま方はあまりにもエゴにエネルギーを使い過ぎていますし、覚悟がなさ過ぎるのです。


金環日食に関しましては、他の方のご質問でお答えします。


虚空蔵55

ペンギン

2012/5/18 No.1545

虚空蔵さま、みわさま、いつもありがとうございます。
質問になります。
邪悪さという形質をより純粋な部分にまで持っていったら、行きつく先はどこになるのでしょうか?
左のNo.229のブロイラー理論で生かされているよりはいいのだろうかと思うのですが、邪悪の行きつく先も気になります。
私も天邪鬼のところがあり周りを困らせているけど、気づきを与えていると思えたら少しは救われた気分になります。多少なりともその性質をもっているから、こちらにお邪魔しているのかと思いました。
ただ世界平和を祈っているのに、気がついたら嫌われ者って感じで・・。おかしいなと。これは私の勘違いが、悪循環を生んでいるのだとわかっているのですが。天邪鬼の自覚を持って、ポジティブに生きるってどういうことなのかなと。世間一般的には嫌われ者かと思うのですが、まだまだ私の理解が足らないのでしょうか。
植芝先生のお言葉で「滅びゆく数々の現象の中の一つではあるね」とあります。トライアスロンの結果は残念でしたが、もし他にも滅びゆかない象徴的な現象があるなら教えてください。
228で、UFOのお話がありました。乗れるとは思わないのですが、皆と一緒に見たいです。
世界人類が平和でありますように
私たちの天命がまっとうされますように

2012・518
ペンギン様

タイミングのいいご質問ですので、また左に後程書かせて頂きます。

しばしお待ちください


虚空蔵55

AQUA

2012/5/18 No.1544

虚空蔵55様、みわ様

ご苦労様です。

以前に頂いたお返事についてですが。
「瞑想(祈り)が最適です。」
とありましたので、座って目を瞑り合掌又は膝の上に手を置いて祈っていますけど、祈りはやはり口に出した方が良いのでしょうか?
私は気がつくと心の中で唱えているので修正したほうが良いのでしょうか?
初歩的な質問で申し訳ありません。

それと「夜はやってはいけません」
とありましたが、夜は世界平和の祈りを唱えてはいけないと言う認識で良いのでしょうか?
最近心の中で祈りを唱えながら寝落ちをすると夢を見る事が多いので楽しみだったので質問させていただきます。

前回投書させて頂いた後、私に何か繋がると言うか心?魂?の奥に繋がる、見られているような感覚がありましたが先生に迷惑がかからなかったでしょうか?
私は今些細ですが、肉体的にも精神的にも変化が出てきています。

最後に燕が巣を作ると縁起が良いと言います。家にも毎年作りに来るたび、壊すのですがやはり巣を作ると縁起が良いのでしょうか?
個人的な質問ばかりで申し訳ありません。

2012・5・15
AQUA様

普段のお祈りはいつでもどこでもOKですが、キチンと姿勢を正して、ある程度の時間外界とのやり取りを遮断して行う瞑想やお祈りは、夜間は避けて下さい(あなたの場合だけですが)。

ツバメは気(波動)のいい所にしか巣を造りません。

何か後利益があるから保護しようとかではなく「ツバメくらいいじゃない」というのが月読の大神のお言葉です。
交換条件ではなく、多少糞(フン)の被害はあるでしょうが、気のいい場所に住まわせて頂いているということでいいのではないでしょうか。

虚空蔵55

AQUA

2012/5/13 No.1543

虚空蔵55様、みわ様

お忙しい中お返事ありがとうございます。

守護霊様の言葉を読んだとき感動で涙がでそうになりました、ありがとうございます。

車を運転してる時、たまに助手席に誰かいる感じがしてましたけど、常にそばにいるとは思いもしませんでした。

彼女が亡くなった場所が、彼女の実家なので、地縛霊で動けないと思ったのですが今も近くにいるとは少し驚いています。
遺書に人生に悔いはないと血判まで押していたのですが傍にいるとは・・・
私にとりつく分には他に迷惑が掛からないから良いのですが、そんなに引きずり込みたいほど憎まれていたのかと思うと、守護霊様が言っていた、自分を責めない様にしたいと思いますが少し落ち込みました。

ですが、私のすることは変わらないので、昼間頑張って世界平和の祈りを届けたいと思います。

         ありがとうございます。

2012・5・13

AQUA

2012/5/12 No.1542

虚空蔵55様、みわ様

ご苦労様です。

あれからもう一回宇宙全史を読み直し、やはり何かそこから学びが、経験からの学びがなければと思い考えていました。

嬉しかった事、楽しかった事、悲しかった事、辛い事、怒った事、色々ありました。
亡くなった事も怒りや悲しみもあります。

でもそれらを全部受け止めた上で、彼女に「ありがとう」と感謝することにしました。
今の自分で出来ることは感謝の気持ちを祈りと共に仏壇に手を合わせる事かと思います

そして自分の気持ち、考えをもう少し出していれば良かったと気づく事ができました。

先日はじめて夢の中で彼女が出てきました。
なぜだか2人見たことない人連れていましたけど、私は驚きと喜びそして怒り、申し訳なさから逃げてしまいましたけど、何故か彼女は追って来て、その時笑顔で私の名前を呼んでいた事は覚えています。

2012・5・10
AQUA様

確かに彼女はいまだに成仏されておりません。
そしてあなたのそばに常にいます。

あなたは彼女との縁をお知りになりたいという事ですが、現状それは許されていません。
それを知ることであなたが彼女に引きずられてしまうからです。3年たちますがもう少しあなたが落ち着くまでお待ちください。
あなたの守護霊様からです。
「自分を責めるのはやめなさい」
その一言が降りて来ています。

またあなたに起きている色々な現象は、あなたが次の段階にあがるためのレッスンですから、あまり気になさらないで下さい。
昔からのクセでそういうものを悪いことや恐怖の対象として見てしまうことがありますので、そういうクセを外すようにいわれています。

ご自身の安定や彼女の成仏のためにすべきことは、瞑想(祈り)が最適です。
しかし夜はやってはいけません。
朝・・・日が出てから出来る範囲でやってみて下さい。


虚空蔵55

AQUA

2012/5/7 No.1541

虚空蔵55様、みわ様 はじめましてAQUAと言います、どうぞ宜しくお願い致します。

昨年の暮れに宇宙全史を購読させていただき、つい先日非公開情報の権利を取得させていただきました。

かなりショックな内容でしばらく恐怖心があり、今も怖いという気持ちはあるのですが多少受け入れられた様な気がします。

私は3年程前に妻を亡くしました、うつ病の末自殺です。
そのような亡くなり方だと成仏できないそうですが、もし何か成仏出来る方法があったならお教えいただけないでしょうか?
今でも彼女のことを愛しています、もし自分に出来ることがあるのでしたらお願いします。
そして自分と彼女の過去世彼女との繋がりがあればお教えいただきたいです。

話は変わりますけど、時々足の裏や尾てい骨の辺りがもの凄く振動します、眉間の当たりに妙な圧迫感もあり、名前を呼ばれる幻聴?
なんかもあったりします。
月や星、光源等を見るとその周りに円形の虹などが見えたりするのですが、これは良くないことなんでしょうか?
自分自身この先どうすれば良いのかこのままで良いのかが分かりません宜しかったらご指導ご鞭撻の程お願い致します。

2012・1・14

マー

2012/5/7 No.1540

あけましておめでとうございます。
いつもメッセージありがとうございます。

以前わたしの使命や過去世についてみていただいたのですが、受け取る準備ができておらず正直、悔しい思いをし投げやりな感情が芽生え、ふてくされました。

あれから3年?ほどたちますが、まだエゴや不安と恐怖と向かい合うのに精一杯の自分がいます。

少しずつです成長していると感じていますが
ときどきヒントがほしくなります。
私に関する情報をいただくことはいまだ、できないでしょうか。

まとまっていませんが、いまの素直な感情や思いを書きたくなりましたので投稿いたします。
よろしくおねがいします。

2012・1・8

タイタン

2012/5/7 No.1539

虚空蔵55様・みわ様

失礼いたしました。
先程お送りいたしました文章に不足がございました。

Aの「これから私の進むべき道」とは、
以前に守護霊様から伝えられている今生の私の天命「自分と同じような方たちの光になりなさい」ということについての道です。


お忙しいので、お時間がございましたらで結構です。

よろしくお願いいたします。

2012.1.4

タイタン

2012/5/7 No.1538

虚空蔵55様、みわ様

いつも学ばせていただき、ありがとうございます。
また、お忙しい中「質疑応答3」の発行もありがとうございました。

いよいよ2012年となり、無邪気に「新年おめでとうございます」と申し上げられない心境で新年を迎えました。

昨年の初めにも質問させていただこうかとも思いましたが、お忙しそうでしたし、私の中でもなかなかまとまってはおりませんでした。

もしお時間がございましたら、お答えいただければ幸いです。

@
五井先生におろしていただいた「柔らかいお祈り」では、まず、「私は幸せでありますように」と唱えますが、この「幸せ」の質についてずっと考えております。

ずっと、柔らかいお祈りの「私は幸せでありますように」の本当の「幸せ」とは一体何なのか、その質について考えています。

柔らかいお祈りをする時に、「幸せ」が具体的にイメージできません。

以前に、「私は幸せです」と書いた事がありますが、それは条件付きの相対的なものであったと思います。

この時期を選んで生まれてきたからには、今生の課題・天命を全うすることなのでしょうか?

しかし、子を持つ親としての幸せは、子どもが幸せであることが自分の幸せの前提条件です。
その上で、健康や経済的に恵まれて平和に生活でき、自己実現できることが初めて自分の幸せではないのかと思います。

その「子どもの幸せ」も、化学肥料や農薬による食の安全の問題、人口増加による食糧不足問題、地球温暖化による環境問題等々に加え、特に、昨年の東日本大震災後の原発の問題から、生存することへの危機感のない暮らしが存続できることが、まず、今生での「幸せ」の根本なのではないかと思えてきます。

そういう安穏な生活を望むことも、生への執着となるのでしょうか?


A
ここ何年か私を取り巻く状況から、強制的なものもありますが自分でもかなり執着してきた物・事を手放せたのではないかと思っております。

そして、守護霊様のお導きかなと思う様々な体験もさせていただきました。

まだまだ、一番厄介なエゴ「自尊心」が手放しきれていない所がありますが、おぼろげながらこれから私の進むべき道・お役目が浮かんではきています。

しかし、今の状況では身動きができません。

もし、可能であれば、
「柔らかいお祈り」の「幸せ」の質についてと、私事ではありますが、これから私の進むべき道へのアドヴァイスがございましたらお聞かせください。

よろしくお願いいたします。

追伸、
知人にも、宮古島やハワイのトライアスロンへ出場されている方がいらっしゃいます。
是非、良い成績をあげられますようお祈りいたします。

2012.1.4