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回答・メッセージ

虚空蔵55

2016/5/17 No.327

先ほどの茨城の地震は今回予定されている東海地震の兆しとは異なります。

別のものですから安心していただいていいのですが…相変わらず未だ予断は許されていません


虚空蔵55

2016/5/15 No.326

これは右のNo2813に対する回答になっています

五井先生には40年以上前からお世話になっていますが、私の若い頃はとりあってもらえず宇宙全史のワークを始めてから先生の弟子と認めて頂いています。
(「とりあってもらえず」とは五井先生の生きておられた頃も市川に通っていましたが、お側にいることが叶わなかったということです。白光の中に「宇宙子科学」というジャンルがあり、「これは私向きだ」と生意気にも市川の受付で「私を入れてください」とお願いしたことがありましたが、「定員があり既に決まった方たちが運営されている」とやんわりお断りされてしまいました)

それからベースを五井先生に置きながらも、色んな精神世界のグループや新興宗教に顔を出し、それにも飽き足らず自分であちこちの山に入り修行っぽいことをやっていました。
そして今から36年前の1980年に東京に戻って来た私が平河町の東京道場に久しぶりに行って「今日は五井先生来られますか」と受付で聞くと「ご帰神されました」との言葉に自分でも思いがけなくその場で号泣したのを覚えています。


当時本当に色んな精神世界を彷徨い、様々な指導者に会いましたが、あまり「この人だ」というような方にはお会いできなかったのは事実です。
多くの方たちが五井先生に帰依するのは、先生の偉大さや神通力へのあこがれもあるでしょうが、一番はその「やさしさ」にあると思います。
「神への帰依」という大仰な感じではなく、ただ「五井先生助けて下さい」という生活の中からの切実な叫びが先生には届くのです。そしてそれを皆さんは感じているはずです。

すでに下の方で書いておきましたが、完全覚醒した存在は私たちのこの世界とはほぼ関わりを持つことはありません。
ただ莫大なエネルギーを持つ存在だけがその自由度に応じて「関わりを持つ」という在り様で存在します。
「慈悲」というのは「公平な観照者」という立場からしますと大いなる干渉性を現していますが、「やさしさ」という形質は「情」を含みつつさらに踏み込んだ干渉性を主張するのです。
それはいってしまえば「危険」なレベルにまで自らの存在を落とし込むということでもあるのです。
しかしそれをあえてやらなければ塵芥の中でもがき苦しむ衆生には届かない言葉もあるのです。
それが出来るのが月読之大神をしてあきれさせてしまうほどの慈悲の存在の仏陀が、これまたあきれてしまうほどのやさしさの存在であるアナン(五井先生)でした。
アナンは仏陀の一番弟子でありながら神通力をまったく主張していません。
以前一度だけお聞きしたことがありました。

仏陀「あれがそんなものを使ったら大変なことになってしまう」

確かこの宇宙全史のワークの最初の頃にそう収録していたはずです。
「情」に理解を含んだまま(非情にならずに)覚醒してしまうととんでもないことになるということはここで散々書いています。
まったくその通りで、そもそも非情性を有せずに完全覚醒することは出来ませんし、覚醒の途上で道を誤ってしまいます。
仏陀は「慈悲」という在り様でこの宇宙におけるセオリー破壊を行なっておられます。
しかし五井先生はさらに「やさしさ」という「情」の領域にまで踏み込んだセオリー破壊をしておられるのです。
それにより一般人から見ますと「ちょっとおかしいなあ」と見えることも出て来るのは確かです。
例えば「何故五井先生は生きているとき後継者のMさんに陰始勢力が憑いているのが分からなかったのか」という疑問があるでしょう。
それには「生きているときには私にはわからなかった」と先生がお答えしておられます…が、事実はそうではないのです。
確かにそこが見えなかったことは事実ですが、その「見えない」理由が、「情」という領域に踏み込んでいたからということがあります。
Mさんは五井先生の養女として後継者に選ばれて来ています。
その肉親の情が生前の五井先生をして陰始の影を見落とさせていました。
しかしどんな情であろうとその「情」がなければ生前の五井先生のあの「やさしさ」もなかったのです。
あるいは「情」という領域をキッパリと切り離しておられたのなら、私たちは五井先生のやさしさにすがる思いを持つことも出来なかったと思います。

ご存じでしょうか。
完全覚醒前にはありとあらゆる欲望を無くしていく必要があります。
しかし、

「覚醒まで持つことのできる欲望」

「覚醒後も持つことが許されている欲望」

がこの宇宙に一つだけあります。
それが

「探求」

という欲望なのです。
私は「探求の存在」です。
ですから聞かれても聞かれなくても何から何まであらゆる事象を、あらゆる謎を解き明かしていきます。


「矜持(きょうじ)」という言葉があります。
五井先生の有り様をお伝えするにはとてもいい言葉で、先生はご自分のとりつくろいや言い訳を一切なさいません。
汚泥に沈む衆生を救うため自ら泥まみれになろうとも、情にまみれようともそれが救いになるのならまったく厭われることはないし、そのうわべの現れに対して何ら言い訳もなさいません。
もしどこかからそういう要請があれば、お答えできるのは弟子である私だけなのです。
植芝先生も同じような矜持をお持ちです。
しかしそんな矜持を理解するにはあの方たちの巷の業想念を歯牙にもかけない潔さ、慈悲のためなら何をも差し出すという覚悟、そういう澄み切った壮大な精神が理解できないと腑に落ちない思いを持ってしまうのでしょう。

それでは何ゆえに彼らは果てしのないやさしさで、慈悲深さで人類を、生きとし生けるものを見守ることが出来るのでしょうか。

それは私たちと彼らでは視点が違うからなのです。
私たちの視点はこの世の塵芥に向けられていますが、彼らのそれは「永遠」に向いているのです。

私は不肖の弟子ですが、それでも幾らかは永遠の視点も持ち合わせています。

先ほど五井先生の後を継がれたMさんに陰始の勢力が憑いたのを見過ごしていたと書きましたが、それこそ先生の矜持だったのです。
先生は例え今Mさんが陰始の結界にはまっていようとも、必ずそこから抜け出て来る時が来ると分かっておられるのです。
あるいは今生では這い上がって来られなくても、そこには私達永遠の旅人の糧となる「学び」を手にいつかは気がつく日が来ることをご存じなのです。

そうしたビジョンが見えているにもかかわらずただ五井先生は、

「生きているときは見えなかったんだよ」

と仰るだけなのです。

それが五井先生の矜持なのです
昨夜は秘息瞑想中にご紹介した三護神以外に、大きな背の高い魔導師が私のそばに立ちました。

その存在感があまりに大きく、私の受け持つ集合魂とは明確に異なる種類の魔導師だと分かりました。
いわば「白の魔導師」とでもいうのでしょうか。
私の周りにいる魔導師たちは善悪併せ持つグレーの魔導師なのですが、この存在は深々とフードを被り顔を全く見せていませんが、圧倒的な高次の波動がひしひしと伝わってきます。

どうやらこの魔導師も私の守りに入るようです。

実はあの三護神もこの魔導師もみんな五井先生の白光の霊団から来ています。


畏るべし白光集団

虚空蔵55

2016/5/12 No.325

ちょっと大変な時期に区切りがつき、すぐに会社の合宿がありました。

千葉での合宿でしたが、無事終わり、帰り支度をしていたとき、昨日(5月11日)の夕刻でしたが)宿舎のベランダから見た夕日に釘付けになりました。

昨日は一日中曇り空でしたが、日が沈む瞬間に昔の日の丸の旗によくある「旭日旗(軍艦の旗などがそうですね)」という感じの…太陽から四方八方に光の条が発しているデザインがありますが、正にあの様相が千葉の夕刻に見られました。

それがまた一風変わっていて、左半分が少しだけの光の条になっていて、右半分は太陽の沈む地平線から私の真上を越えてのびる壮大な光の帯になっていたのです。

子供の頃故郷では朝日の時間にたまに見ていましたが、後年はまったく見ることが無く、十数年前にロスの朝に見て感動したことを覚えていますが、今回はそれ以来でした。

しかし右半分(南)と左半分(北)の異なるその様相は異様で、どうやら今の私にわざわざ見せるためのものだったようでした。
それは「陰始と地球」との関係性であり、そこに私が立ち会うという在り様が示されたものでした。
その後東京に戻って夜のワークでは、私に初めて3体の護神がつきました。

帝釈天

地蔵菩薩

3つの顔を持つ不動明王

この3体が私の覚醒を守るためについたのです。

意味がお分かりにならないかも知れませんが、私の覚醒の局面には莫大な応援と莫大な抵抗勢力がせめぎあっているのですが…例えば皆さん方が信仰しておられるかも知れない「神々」という存在…オリンポスの神やアポロン、ポセイドンなどというギリシャ系の神々や世界中のそういった感じの神々などですが…そんな覚醒していない神々、でも力は持っていて今でも人々から信仰の対象になっているという存在も私に対しては「嫉妬の神々」として私の覚醒を阻もうとして来ています。

もちろん単純に陰始たちの勢力も同じく阻もうと必死ですが、そうした負のエネルギーからダイレクトに私について守っていくという護神が上記の3体でした。


5月中の(東海大地震の)兆しはまだ消えたわけではありませんが、大分薄くなったことは事実です(まだ予断は許しません)。


昨日の千葉の夕刻の天空のパノラマショーは、今の地球の状況と私の立ち位置を明確にするために見せられたものでした。


本日は私の心臓のところに本源からの通路がつながっています


宇宙全史に関する質問、ご意見

名前
質問内容

だい

2016/5/26 No.2842

虚空蔵55様、みわ様

後ほどご回答いただけるとのことで、ありがとうございます。

実は今朝といいますか、深夜2時過ぎに急な腹痛で目を覚ましました。

吐き気があるような無いような、下すような下さないような感じでトイレでお腹に力が入らなくなり動けなくなりました。

たまりかねて無理して吐いたのですが、大して吐くこともできず、しかし少し楽になりうずくまっていると、不意に日本列島を俯瞰する感じで映像が浮かびました。

そして立体的なグラフのように各地が盛り上がり、地震が起きた時の震度の強弱が表されているかのようでした。

日中、南海トラフの歪みの報道を見た影響もあるとは思います。

慎重に、ということでしたので、めまぐるしい変化もある中でのご回答かと感じました。

左でのご回答をよろしくお願いいたします。

2016・5・25

だい

2016/5/25 No.2841

虚空蔵55様、みわ様

深夜1:43に千葉北西部で震度2の地震がありました。

大きなものではなかったのですが、次に繋がっているような感覚的でなにかいやな気分になりました。

兆しは回避されていて私が寝ぼけていただけならいいのですが、これは東海大地震の兆しやその類だったのではないかと感じています。

五月中頃にあるかもしれない、とおっしゃっていた地震について、状況をお話していただけますでしょうか。

よろしくお願いいたします。

2016・5・24
だい様

慎重に精査していました

大事ですので左に後ほど書かせて頂きます


虚空蔵55


紫陽花

2016/5/25 No.2840

虚空蔵55様、みわ様いつもありがとうございます。

今までの自分の投稿を振り返ってみますと、ほとんどが同じような内容でした。

幼い頃からの不満や、自分を認めて欲しい欲求などでした。時々質問もしましたが、不採用のものが多く、その時は恨めしく思ってしまいましたが、今は、あれらは質問ではなく、認証欲求から出たものなので不採用は当たり前だと分かってきました。

大変な時の今でも、このように自分のことばかり書いてしまいます。これが今の自分なのだな、仕方ない。と高望みはせず、今のこの位置から地道にいくのが一番だと感じています。

ただ、このところフォローを感じられるようになりました。
この一週間、子供(中学)の部活で、親さん同士の付き合いに、かなり悩みました。ふと頭に浮かんだ本屋に行って、これだと思う本を見つけ、ヒントをもらいました。同日、いつも見ているサイトにもヒントがありました。

「本当にフォローって来るんだ。」と感じられた出来事でした。思い返してみると今までもフォローはあったのですが、私は勘違いして、「私ってすごい」と思ってしまっていました。ばかだったなと思います。

私の質問は不採用が多かったですが、数回、回答を頂いたことがありました。その時はエゴの視点から解釈していて、理解できていなかったと思います。
まず、回答を頂けたことで有頂天になっていました。

「学ぶ」とはどういうことかを、やっと疑問に思えるようになってきました。

もう時間があまりない今の状況で、私はこの状態で大丈夫か?と思いますが、先ほども書きましたがこれが自分なので、ここからがんばっていこうと思います。

ありがとうございます

2016.5.25

名古屋のしゃちほこ

2016/5/25 No.2839

虚空蔵55様、みわ様、いつもありがとうございます。
「20年後世界人口は半分になる」「非公開情報No.7 No.8」「誰が地球に残るのか」を読みました。大切なお話をそれぞれ本にまとめていただきまして、ありがとうございました。

新聞を読んでも、まわりのお母さん方をみても、すでに少しずつ選別が始まっているんだなと感じます。
昨年の4月から今年の3月にかけて、幼稚園で役員の仕事をしたことが、私にとってよい学びだったようです。仕事を進めていくうちにいろいろありましたが、自分が正しいと信じている信念(価値基準)は大したことでもなく、自分の勝手な思い込みに過ぎず、結局のところ、自分の考え(生き方)がいかに偏って狭いものであるのかを知ったよい機会でした。
自分の心ひとつ、それを変えるだけでまわりの世界が違って見えるものなのですね。
私が現実だと思ってみている世界は、私の心の投影なんだなあと、薄っすらとですが、そう感じています。

いつか来る東海大地震に備えて、防災と心の準備をしていきます。
いざとなったら宇宙全史の本を全部持って逃げたいですが、出来ない可能性もあるので、今のうちに学んだ内容を自分の骨身にしっかり沁み込ませられるようにがんばります。

2016・5・25

紫陽花

2016/5/17 No.2838

虚空蔵55様、みわ様いつもありがとうございます。

このところ、いつもの日常に、大切な気づきがたくさんあるのだと感じられるようになってきました。

ああ、そうだったのだと思って、ほっとしてもすぐに次のひっかかりがやってきて、さあこれはどうする?
ふて腐れる?それとも認める?
選択のラッシュが来ているように思われます。

どれが正解かは分からないけれど、今の自分が選ぶ道を行くことにしようと思いました。五井先生のお祈りという大きな明かりを持っていれば、きっと大丈夫だからと思いました。

こう思っていても、実際そのように行動できるかは、まだこれからの課題です。

昨日の茨城の地震は、東海地震の兆しとは異なるとの事でしたが、これからは、いつどのようなことが起こるか本当に分からないのだと感じました。

けれど正直、まだ気持ちが、ぶれてしまうので、もう少し自分を鍛えるというか、土台を固める時間が欲しいと思ったので、ほっとしました。
こう思ってしまうのが、自分勝手だなと思えて複雑な気分にもなります。

まだ予断は許されていないとの事なのに、一喜一憂しているので、やはりまだまだ甘いです。

ありがとうございます。
がんばっていきます。

2016.5.17

神田 征二朗

2016/5/17 No.2837

お世話になります。
No.327
不安をかきけして頂ける一言をありがとうございます。

世界人類が平和でありますように。

2016・5・17

M2

2016/5/17 No.2836

虚空蔵55様、みわさま、

いつもありがとうございます。

ガンジーの件、ご回答ありがとうございました。
覚醒と知恵というところで何かはっきりしない部分がありまして、何かご質問させていただきたかったのですが、どうも自分の質問自体にいろいろと疑問があったため質問も御礼もできませんでした。
失礼いたしました。

しかし、RIE様のお話の、観音菩薩のようなあり方(公平な観照者と理解しています)だけでなく、

>莫大なエネルギーを持つ存在だけがその自由度に応
>じて「関わりを持つ」

>それはいってしまえば「危険」なレベルにまで自ら
>の存在を落とし込むということでもあるのです。
そこに「危険」があるということ。

>しかしそれをあえてやらなければ塵芥の中でもがき
>苦しむ衆生には届かない言葉もあるのです。
そして、
>「矜持(きょうじ)」汚泥に沈む衆生を救うため自
>ら泥まみれになろうとも、情にまみれようともそれ
>が救いになるのならまったく厭われることはない
>し、そのうわべの現れに対して何ら言い訳もなさい
>ません。

というなかで一般人には「公平な観察者」に見えない部分もでてくる、また「危険」があるということがわかりました。


また、以前「くずのようなあり方」をあえて選んでもいるということをどこかで読んだ際に、全く理由も意味がわかりませんでしたが、右のNo.2818中
>重きを置かれるべきは「どの段階」であるかではな>く、「どれほどの学び」であるかどうかです。
という説明から、あらゆる段階での多様な学びが平等であるということがわかり、はっきり世界の見え方が変わった気がしました。

ここの宇宙全史のやり取りはとても学びが多く、
本当にありがたいです。

いつもありがとうございます。

2016・5・16

だい

2016/5/17 No.2835

虚空蔵55様、みわ様

左のNo.326を読ませていただきました。
虚空蔵様が語る五井先生のお話を読んでいて、なにかとても懐かしい感覚に包まれています。
繰り返し読んで、理解に努めます。
ありがとうございます。

2016・5・15
だい様

「なにかとても懐かしい感覚に包まれています」

●あなたはどちらかというと理屈は苦手な方で、RIEさんとはまた異なる「感覚」の方なのです。

その「懐かしい」という感覚はとても大事です


虚空蔵55

アキラ

2016/5/17 No.2834

大さんのホームページが更新されていたので
内容を改めてじっくりと拝見させていただきました

なんというか...講師クラスの方々ってもっと荘厳な感じなのかなと思っていましたが

五井先生のような 日本人的な優しい方なんですね
大さんの『穏やかな気持ち』に対する文章を読んでいると心にじんわりとしみてくるものがありますね

私も地に足の着いた生活が行えるよう
五井先生に向かってお祈りをささげる毎日です

なんとか安楽な場所で油断しないよう
神の目を意識しながら生きていきたいと思います

世界人類が平和でありますように
大さんのホームページが更新されていたので
内容を改めてじっくりと拝見させていただきました

なんというか...講師クラスの方々ってもっと荘厳な感じなのかなと思っていましたが

五井先生のような 日本人的な優しい方なんですね
大さんの『穏やかな気持ち』に対する文章を読んでいると心にじんわりとしみてくるものがありますね

私も地に足の着いた生活が行えるよう
五井先生に向かってお祈りをささげる毎日です

なんとか安楽な場所で油断しないよう
神の目を意識しながら生きていきたいと思います

世界人類が平和でありますように

2016・5・11

タイタン

2016/5/17 No.2833

虚空蔵55様、みわ様

こちらでいつも学ばせていただき、ありがとうございます。


これまで、
世界平和の祈りの「世界人類が平和でありますように」
の「世界人類」には陰糸は含まれていないと何となく思い込んでいました。

というよりも、「世界人類」について深く考えたことがありませんでした。
漠然と「この地球で苦しんでいる人々」という思いでした。


「誰が地球に残るのか」を何度も読み返し、
また、
「20年後世界人口は半分になる」も新たに読み返しました。


月読之大神が陰始をこの地球に呼び込まれたのかどうかは分かりませんが、
私たち「クズ」への何らかの効果を期待されてその存在を黙認され、
私たちが多かれ少なかれ陰糸との関わりを持っている限り、
当然「世界人類」には陰糸も含まれているのだと気付きました。

そして、今の時代にこの地球に存在出来て学べていることに感謝いたしました。


たとえ陰糸度が高くても、地球に残りたいと心から願えば残れる。
五井先生の大きな慈悲の愛は、救ってくださる。


昨年だい様の施術を受けた折に具体的な天命についてお聞きしたのですが、
「日々の暮らしで気付かなければならないことにまだ気付いていない。
それに気付けば分かってくる」
とのお言葉を頂きました。


その事かどうかは分かりませんが、
世界平和のお祈りをするときは感謝とともに、
陰糸も含めた地球上のすべての人々を意識して祈っています。



>この世界ではあくまでも「天は自ら助くる者を助く」なのです。

>「自分で何とかしますので、フォローをお願いします」

>その姿勢がベストであり、そこで与えられた(その姿勢には必ずフォローがあります)
フォローがどんな形であっても(とてもフォローに思えなくても)それに感謝し、そこで全力を尽くすということが、皆さんを最速で覚醒に導きます。

>あくまでもフォローなのです。
>そして世界平和の祈りは、その方その方に応じたフォローを守護霊を通して降ろして下さいます。



これからやってくる大崩壊が少しでも小さくなりますように、
何が起ころうと平常心を保てるよう心して、
出来るだけエゴを薄くし、世界平和の祈りをお祈りしていきます。


虚空蔵55様、みわ様には、まだまだお世話になりますが、
どうぞよろしくお願いいたします。

2016. 5.9