岩井の本棚 「マンガけもの道」 第20回

Tabキー連打!な動きカクカク格闘マンガ・少林寺雀法


少年マンガの王道は「だれが一番強いのか」に集約される、とおもいます。

バトルだトーナメントだと馬鹿にされがちですが、少年マンガ誌では結果として一番盛り上がる手法がこれだったりして、 それはたとえ「ネギま!」のような萌えマンガですら、バトル大会やってるほうが子供の心を掴んでいることからもわかります。

少年誌から青年誌に上がると、ジャンプ系のチャクラだ念だ霊圧だなんて設定がなくなり、かわりにリアルな格闘技マンガばかりになってきます。

格闘イベントがこれだけ隆盛してると、格闘技マンガ好きの目も肥えてきてるので、 従来はボクシングや空手など立ち技系のマンガばかりでしたが、絞め技がきちんと描かれる柔術系や、 ヘタしたら「相手の技をきちんと受けきる」プロレスの美、みたいのが描かれることも多くなりました。


(図1)

では格闘マンガの肝、と言えばなんでしょう。
それは強さを表現するための大げさなレトリックや、スピーディかつパワフルに描かれる格闘描写にあります。

敵はあくまで強く描かれキャラ立ちしており、それを主人公が苦労してやっつけるからこそカタルシスが得られると言うものです。
「バキ」「餓狼伝」の板垣恵介が秀でているのは、このふたつのバランスが絶妙だからでしょう。

しかし、あらゆるものには例外がやはり存在するのです。
そんなものなくても、ただ「すごい」としか表現ようがない格闘マンガが。


(図2)


(図3)


(図5)

それがこの「少林寺雀法」。

このマンガ、麻雀+格闘(カラテ)マンガでありながら、描写はとてつもなくスローモー。
例えていうならば相方がボケて、5秒後くらい沈黙、でやっと「何いうとんねんな」とバシッと水平チョップ、と言うくらい間が悪いのです。

主人公はじめキャラは全部Tabキーとカーソルキーを交互にガチャガチャ連打したような奇っ怪なガタガタ動きしかしません。
例えていうならヘタクソな人が操作するラジコンカーみたいな動きです。
またはカマドウマが人間の精神を乗っ取ったら、こんな動きをするかもです。

そして背景は真っ白。
格闘時のコンマ数秒で繰り出される判断とか、極限に置かれた心理描写といえそうなものはゼロ。
真っ白いコマの中でただ人がテコテコ動くだけ。
もうこれは格闘表現の極北といわざるを得ません。

たとえばこの図をみてください。

図1は「マンガ地獄変」でも紹介された有名な一コマ。
人が殴った殴られた、傷ついた傷つけられたというカタルシスがまるで感じられない、なんだかカクカクひとがうごいてるなあ感はなんなんでしょう。

図2、はそのケンカの続きですが、型稽古のようなスローモーさと、1動作1動作が流れでなく完結した動きに見えてしまう。
ヘタな人がやる盆踊りみたいですね。

この6コマのうちに7回もの攻めと受けが繰り広げられてる、とは思えないカクカクさ。
わずか数秒で決着がついてしまう対戦格ゲーになれた僕らが、初代ストリートファイター(スト II じゃないですよ)をやったときの驚きに近いです。
ああ、波動拳出したあとにこんな長い時間、無防備になっちゃうんだ・・・みたいな。

ですが絵の味・・・としかいいようがないのですが、ヘタッピーな絵の中に出すぎているとぼけた味わい。
緊迫・殺伐としてないといけないはずの格闘描写がホノボノとしてる。胃に負担をかけない温和系格闘マンガと言えましょう。


(図4)

物語は、少林寺拳法(といってもカラテ)の達人・月形(図3)が、 初恋の人・美保子をさがしつつ、なぜか手がかりは麻雀だ!とばかり思い込み、雀荘通いする・・・という話です。

何故手がかりは麻雀だ、と思い込んでいるのかが実は本書最大の謎なんですが、美保子を抱いてみたら、無毛のパイパンだった!(図4) パイパン→白板牌。
それだけです、麻雀との関連は。
でも白板牌みるたびに毛の生えてない性器なんか妄想する、って、雀キチはみな変態ですね。とんだロリだと言ってよい。


(図6)


(図7)


(図8)

しかしこれだけの傑作となると、まずはストーリー云々よりも、絵の素晴らしさを味わって欲しいですね。
一読した今、もう僕は長髪の拳狼・月形にメロメロになりましたよ。
うん、もうこれは抱かれたいくらいです。
ではイカレた「少林寺雀法」の世界をどうぞ。

図5。自分よりちっこい後輩(155センチくらい)を3人叩きのめして悦にひたる月形。 ていうかこんなよわっちいのばっか集めてもダメだろ、少林寺拳法部。

図6。その少林寺拳法部のけいこ風景。
胴着着せてデアッとかキエッてかいときゃスペース埋まんだろ、ってばかりにあからさまなスカスカ、手抜き。

図7。ライバル京都武道大学との主将戦。
カクカクすぎて少林寺には見えないけれど、じゃあ何の武道に見える? っていわれても困る。

そしてやった勝った! というシーン。
だけれど技がなんだか分からない。当て身? 体当たり? でもどちらも少林寺拳法の技じゃないよね(図8)。


(図9)


(図11)


(図15)


(図16)

図9。このイビツなポーズの無言のコマ、ふたりで何してんのかと思いきや、大急ぎで探し人を追っかけているところです。

こんなスピードじゃ、相手が70歳以上でもない限り、まあ追いつけないですね。

少林寺拳法部で温泉旅行し、宴会で月形モテモテ(図10)。

いくらモテる、っていっても現場に芸者さん派遣される数決まってるんだから、 みんなが持ち場放棄して、一人の男に4人もはべったら問題ですよ。

おまえらもちっと現場を仕切ること考えようぜ、と芸者には伝えたいですね。
宴会なのにお膳の上に料理一皿しかないしさあ。


(図10)


(図12)


(図13)


(図14)

あと少林寺拳法部、温泉旅行のときにも詰襟学生服、って。昔の国士舘みたいですね。

でモテてる最中にヤクザと揉め事おこしてバトル、だけど、ヤクザがこんな華麗でアクロバティックなケンカしているのみたことない(図11)。
でも決着は金的、じゃステゴロの延長線上ですよね(図12)。

放火魔が雀荘中心に狙ってる、との情報を耳にした月形、麻雀してたかと思いきや突如飛び上がって「きえーーーっ!!」(図13)。
でもこれ人間の骨格上の動きとか、物理法則ぜんぶ無視無視だよ。

だいたい放火しようってのに、何故屋根裏に浸入すんのかが分からないよ。
火つけたあと、もっとも逃げにくいところから逃げなくちゃいけないし、火が回ったら一番煙にやられやすい場所だし。

しかも放火した理由も、竹子って女にフラれたから、竹って名前がつくところを燃やすんだ! てなメチャクチャな理由。

で月形が「早く火を消すんだ!」とみなに伝えても(図14)、火を消すのになぜか脚立を持ってくる大あわてものも(図15)。水だよ、まずは水だよ。
しかし何がすごいって、放火されたあともみんな落ちついてまた麻雀しだすあたりですね。

で月形の一人勝ちをゴネる三人衆に金を払え! といって、月形が謎のポーズで威嚇すると(図16)三人シュン。 うん、このポーズは実戦で使えますよ。


(図17)


(図18)

少林寺もだが麻雀の強さも比類ない月形の腕を目の当たりにしたバーテン、驚き方が、強がってる割にはすげえビビリで笑えますね(図17)。

あまりの麻雀の強さで、金を払うのが惜しくなったヤクザども、じゃあ月形狙うかって話になったのはいいけれど、 どう考えても成功しないような方法で強襲(図18)。

この襲いかただと、もし月形が避けたら4台ともオジャンですね。
全員死にますよ。
一人を襲って失敗したら4人全滅、じゃ割に合わないなあ。

で何とか成功して月形、すごい高さまで跳ね飛ばされてるんですが(図19)、実は何一つケガしてない。

だって(図1)はダンプにはねられたあとの動きなんですよ。
かすり傷一つしていない。ピンピンですよ。
ダンプってたいしたことないんですね。

かつて寸止め空手が、フルコン空手に「空手ダンス」とか「健康運動」と嘲笑された、 という話があるのですが、それを踏まえた上でもう一度「少林寺雀法」をみると、直接打撃なのにもかかわらずどうみても空手ダンスにしかみえません。

また少林寺雀法、とかイキがってみても、月形の麻雀の特徴は「パイパン(白板牌)にこだわる」というなんだかヘンタイな特徴しかなかったりして。
男ってやっぱりケダモノね。


(図19)

まあ結果的に分かったのは、この本、おそらく映画「少林寺」ブームに引っ掛けてタイトルかんがえてみたけれど、 原作のヒトも作画のヒトもじゃあ少林寺ってどんなやつ? といわれたら「なんかカラテみたなやつだろ、カラテ」と格闘技への無理解をカマしてくれたため、 本編に「アチョー」という叫び声ひとつ出ず、しかも麻雀マンガとしては中途半端という結果になってるんですね。

でも中途半端だとはいっても、こんな奇怪なマンガになるんだったらそれは十分にアリです。 多くのヒトに読んでもらいたい良駄作です。

とまあ勢いだけで「少林寺雀法」を紹介してみました。
この「少林寺雀法」、当コラムを読むような貴兄であれば既に通過しているだろうマンガ評論の金字塔「マンガ地獄変」(水平社)にて詳しく紹介されています。
興味を持った方は是非どうぞ。

※この記事は2005年8月27日に掲載したものです。

(担当岩井)

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